NHK放送文化研究所、春の『フォーラム2017』における白眉

 

 毎年3月に千代田放送会館で行われるNHKの文研フォーラムは、今年も3日間に亘って、<いま考えるメディアのちからメディアの役割>と題する研究発表を行なった。
 AからHまである各テーマのうち、忙しいのでとても全部は聞けなかったが、数件だけ私も聴衆として参加し傍聴した。中でも、白眉だったのは、<テレビ・ドキュメンタリーにおける”作家性”とは?>というシンポジウムである。
 キャッチフレーズは「80歳を超えてなお第一線で活躍する3人の巨匠が集い、60 、70年代のテレビの青春時代を駆け抜けた熱い思いや、テレビ制作者の作家性について語り合います」とある。
 ゲストに出てきたのは田原総一朗、今野勉、相田洋氏の3人、どれもが有名なディレクターたちであり、3人そろって80代! 合計すると240歳以上だ!
 彼らの若かりし頃のディレクター体験がすこぶる面白かったのである。みんなが1960年、1970年安保闘争の時代に青春を送っている。
 田原総一朗さんは彼の曰く、「普通の人の誰もが見ない」東京12チャンネルのディレクターだったので、NHKや日テレやTBSなどが作らない、パクられる番組を作った。上司もヤバい番組を許容していた。
 その中の1つは『バリケードの中のジャズ』で、安保闘争の真っ最中に、ジャズ・ピアニストの山下洋輔さんをフィーチャーした番組を作った。田原さんが山下さんに、「どんな状況がいいのか」と聞いたら、「ピアノを弾きながら死ねればいい」と言ったので、じゃあ、そんな状況を作ろうじゃないかとなった。
 早稲田の大隈講堂からグランドピアノを盗み出してきて、ゲバルトをやる。実際にこのシーンを会場で上映したが、イントロ部分はヤラセであった。山下さんが、例によって肘打ちまがいの演奏をしている場面に、学生が乱入して内ゲバが起きるのを彼は期待していたのに、本番になると、民生も中核派ももろもろも、みんなが大人しく演奏を聴いていたのだそうだ(笑)。
 はちゃめちゃ場面を期待した田原さんたちの意に反して、やっぱり、大学生はインテリだったのか、静かに演奏を聴いていたというからおかしい。
 田原さんからは毎年、年賀状をいただく。数年前に頼まれて東京芸術劇場に舞台公演を見に行った時、頼んだ某氏が田原さんを連れてきていて、なんか背中が丸くて頭が真っ白で、足元がおぼつかないと見えたのに、どうしてどうして話しぶりは明快で元気だ。この方のキャッチフレーズは「死ぬまで生テレビ」で、テレビ朝日の夜通し生討論「朝まで生テレビ」は今も続く。
 彼は「朝まで・・・」で総理大臣の首を2人も飛ばした。つまり、腹の底にある本音を生番組で言わせる術に長けているのである。
 また、「テレビ・ディレクターは大道香具師である」というのが彼の主張だ。ビジュアルにも工夫する。見事な原発爆発シーンが紹介されたが、これはミニチュアの原発に火薬を張り付けて爆発させたもの。得意気にネタばらしをした。
 今野勉さんは、プロデューサーはやったことがないという根っからのディレクターである。大昔の「七人の刑事」でもディレクターはやったが、当時は録画技術もなく、「七刑」のうち1本を除いて全部が消された。消されたので自分の作ったものを全く見ていない。ここが映画監督とテレビ・ディレクターの違いである。消えてゆくので助かった部分でもある。
 今は録画技術も飛躍的に向上したので、テレビでもワンカット、ワンカット作れるから、丸っきり映画と同じになってしまった。
 彼の代表作「欧州から愛をこめて」は、日本で最初に作られたドキュドラマだと言われているが、それ以前にNHKで作られていたという説もある。プロデューサーは重延浩さんだ。私の感想では今野さんはいつも無口な人だが、今回はシンポジウムのゲスト、あれれ、こんなに良くしゃべる人だったの?と驚いた。
 今野さんは彼が高く評価していた故吉田直哉氏の言葉、「ドラマもドキュメントも、テレビはジャンル分けでは掬いきれない余白がある」を引用した。その余白の部分だけで作ったのが「欧州から愛をこめて」だったそうだ。吉田直哉さんとは、私はテレビ人のパーティーで1度お会いしただけである。
 もう1人は元NHKの相田洋さん。陽気でおしゃべり好きな人である。とにかく明るい。彼は奥様と結婚する時に、「ディレクターは長生きしないよ、60歳で死ぬよ」と言ったのだそうだ。ところが、もう80歳。プロデューサーはみんなあの世。僕は専門職だから生きている。何が何でも専門職、だって。
 相田さんが傑作、「電子立国 日本の自叙伝」を作っていた頃、私は週刊誌にテレビ評のコラムを書いていた。なんて書いたか全然覚えていないのだが、ある日、荷物が届いた。「電子立国 日本の自叙伝」の番組から作られた立派なハードカバー本であった。今でも書斎にある。相田さんは自分のことを「昭和と家族を記録するエンジニア(番組工学者)」だと表現している。
 3人そろって現役のテレビ大道香具師たちが、楽しそうに語るテレビ青春時代の実例の数々。機材はデジタル時代のように有能ではなかったが、彼らの話が面白いのは、そこに介在した個々のディレクターたちの「カメラに切り取りたい」意思が明確で、現在のように予定調和でなかったこと。人間〇〇が溌溂と躍動していたらしいこと。まさに香具師の語りそのものの作品作りだったこと。
 今はすぐにネットで文句が来る時代で、作り手の方も組織に隠れてビクビクしているから面白いものが出来ないのではないか。いや、NHKを除いて、そもそもドキュメンタリーと言えるものがどれだけ放送されているか疑問だ。
 80歳を超えたビッグな翁たち、こんな時代でも、生テレビで死ぬなよ。