5歳のコドク

 

 2019年10月11日、毎日新聞の朝刊、「くらしナビ」というページに出ている読者投稿欄の、『女の気持ち』という投書を読んで、私は30分ぐらいの間、転がって笑った。
 Kさん(投書では実名)という42歳の百貨店店員と肩書の書いてある女性の文章である。
 余りにも面白いので、全文を引用させていただく。
 タイトルは『夢みたいだぜ』である。
 『6月、4歳の息子が保育園に行きたくないと泣くようになった。園で大いに荒れ、帰宅後も押し黙っている。何を聞いても「今は言えない」。正直、夫も私も疲れてしまった。
 その日の朝も廊下で大泣きする息子を先生に託し、仕事へ向かった。いつまで続くのかと重い気持ちで働きながら、ある考えが浮かんだ。お迎えのとき息子に話すと、満面の笑みで承諾してくれた。翌朝、夫に駅まで送ってもらい2人で旅に出た。行き先を決めない旅である。
 「悩んでいるときはやっぱり北上するのがいいか」と各駅停車で北へ向かう。車窓からビルが消え、田畑が増え、やがて雨が降り出した。6時間半ほどかけて宇都宮に到着。大雨と人身事故の影響で電車は大幅に遅れていた。このへんの安宿に1泊するか、と思っていたら「福島へ行きたい」と息子が言う。福島県は私の故郷だ。
 翌日、帰ろうとすると息子は「俺は帰らない」と言う。決意は固く、息子を実家に残して私は帰宅した。1週間ほどして息子から電話があり、夫が迎えにいった。帰って2日目に突然「俺はずっとコドクを感じてきた」と、泣きながら悩みを吐露した。告白を聞いた先生やクラスメートが助けてくれ、うそみたいに落ち着いた。
 あれは何だったんだろう、と今もときどき思い出す。7月に誕生日を迎えた息子は「旅に出たのはよかった」と言う。生まれてたった5年でこんなになるなんて、夢みたいだぜ。』
 私は何度も読み返し、その度に転げまわって笑い、夫に読んで聞かせ、さらに、この投書を切り抜いて自分の大事な取材ノートに張り付けた。
 何という素敵な坊や、何という素晴らしいママ、パパであろうか。
 百貨店店員と職業を書いてあるので、恐らく、人様とのやり取りの中で、このお母さんは人の反応を喝破するに長けたクレバーな女性なのだと思う。
 それにしても、5歳の坊やが自分のことを「俺」というおかしさ。大人から見れば、まだオッパイ臭い年頃なのに、いっちょ前に「男臭く」俺というおかしさ。
 そういえば、今10歳の孫が、幼稚園の頃、ある時突然自分のことを「オレ」と言い出したことがあった。聞くと、同じマンションに男2人の兄弟がいて、その弟くんと孫が同年。お兄ちゃんが女の子に対して「オレ」と言い出してから、孫のお友達も突然に男臭い言葉遣いになったのだそうだ。チビでも男なのである。
 この世に出てきてたった5年しか経っていないのに、人生のコドクを感じる人間の能力たるや物凄いものである。恐らくこの坊やは、気のよくつくご両親に育てられて、他人との関係で自ら努力しなければ輪に入れない体験をしたことがなかったのだ。
 お友達の中で、仲間外れにされているのでも意地悪されているのでも何でもないのに、感受性の豊かな彼は、ポツンと浮いた存在のように自分を認識してしまった。
 それをたった5歳の幼児が「コドク」と表現するとは、如何にも情報過多の現代らしい。
 しつこく問い詰めたりしないで、まるで「フーテンの寅さん」のように、2人で旅に出たママもまことに立派である。
 ついでに言っておくが、この投書を採用した毎日新聞の担当記者の感受性も素晴らしい。
 5歳どころか、子供は胎児のときから何でも分かっているのである。だから、「子供だからわかりゃしない」と考える大人はわかっていないのである。
 コドクも感じるし、プライドもある。
 息子が2歳のとき、夫が運転し、助手席にベビーチェアをつけて息子が座り(当時は幼児でも1人で助手席に座れた)、後ろに私と、友人の女性が乗って、郊外のゴルフ練習場に向かった。途中で息子がウトウトし始め、危ないので私が「抱っこしてあげるから後ろの席にいらっしゃい」と言うと、彼は断固として拒否した。「絶対に眠くなんかない!」。
 子供を育てたことのない友人はいたく感心して、「2歳でもプライドがあるのね」と言った。友人は幼児とは、大人とは違う「幼児」という生き物だと思っていたので、びっくりしたのだ。その感覚はよくわかる。
 また、もう1つ。孫が2歳半ぐらいのときに、両親の都合で私が彼を預かることになった。夕方、息子のマンションへ迎えに行って、さて孫を車に乗せようとしたら、びっしょり汗をかいている。
 子供は動き回るので暑がり、ジャンパーのボタンを外して脱がせようとした。
 その時、孫は抵抗して「脱がない」と言う。
 「肩の痛いパパが、折角ボクに着せてくれたのだから、絶対に脱がない!」。
 実は数日前、孫の父親は出張の帰り、品川駅でカートを身体から離して引きずっていたお年寄りの荷物に脚を取られ、転倒し、右肩の骨にひびが入る怪我をしたばかりだったのだ。
 恐らく帰宅してから相当痛みに苦しんだのを、孫は見ていた。
 そのパパが着せてくれたジャンパーは、どんな暑くても脱がないのだという孫のいじらしさに私は泣きそうになった。
 投書にあった「5歳のコドク」坊や、春にはもう小学生だろうか。
 投書には書かれていないからわからないが、1週間も預かってくださった実家の方々、まだママのご両親も健在なのだろう。本人から電話が来るまで知らん顔でお世話してくれていたとしたら、この方たちも相当な人間力の持ち主である。
 大家族で子育てが伝承されなくなった現代、たとえ胎児であろうと、大人と同じ能力を持った人間であるということさえ知らない大人がうじゃうじゃいる。
 生まれる前から神様に与えられた超能力を、人間は持っている。
 「5歳のコドク」坊やは、多分素晴らしい大人に成長することだろう。