高松の西日本放送でテレビの報道番組を審査する

 

 先週、民間放送連盟賞の中国四国地区、報道部門のテレビ番組審査に行ってきた。昨年は幹事社が高知放送だったので、羽田から高知市の竜馬空港まで飛んで行ったが、今年は久しぶりに新幹線に乗って岡山まで行き、在来線に乗り換えてマリンライナーで瀬戸大橋を渡り、高松に着いた。
 審査会場のタワービルも泊まったホテルも高松駅前にあり、激近だったので楽だった。こんなビル群を私は見たことがなかったので、随分長い間、高松には来なかったことになる。見晴るかす屋島の佇まいや、マリンライナーの中から見えた讃岐富士の飯野山などは昔のままでも、街の姿は変わっていた。すっかり私は浦島太郎子になっていた。
 報道部門の他に教養部門とエンターテイメント部門があり、審査員はそれぞれ4人ずつ。報道部門は吉岡忍さん、大宅映子さん、音好宏さんと私である。みんな顔見知りの方々なので気がおけない。
 事前に20本(この地域の放送局20社がエントリーしたということ)のDVDを視聴して、既に幹事社へは採点と講評を送ってあった。4人の採点の集計表が渡されていて、それを見ると1位になった作品は4人の審査員が2人ずつ1位(10点)か2位(9点)をつけているので合計38点である。つまり、ぶっちぎりの1位だった。
 その作品は山口放送の『記憶の澱』という作品である。
 齢90歳を越えた第2次大戦中の引揚者たちの証言集である。ソ連兵にコーリャン畑の中で強姦された人がいる。雪の中で輪姦された話もある。満州や北朝鮮から引き揚げた人々は、ソ連兵の恐ろしさを語り、いつでも死ぬ覚悟で毒薬を持っていた。
 日本兵にも「戦陣訓」という言葉があり、生身の中国兵を突き殺してその感覚を覚えさせられた。ある村を全滅させもした。農民30人を生きたまま穴に入れ、爆破して子供まで殺した。戦場心理は怖い、と証言者たちはいう。
 満州で、日本人は「第一皇民」と呼ばれて米が食えた。朝鮮人は「第二皇民」、満州人は「第三皇民」と呼ばれて雑穀しか食べられなかった。つまり、日本人も差別主義者であり、被害者でもあったが、大いなる加害者でもあった。
 最高齢者は97歳で、嗚咽しながら体験を証言する人もあった。作り手が語る内容の一部。「・・・外地での性暴力は、力ずくのものだけではない。敗戦直後の満州で、ある開拓団は、窮地を脱するために『身内から女性を差し出す』という行動に出た。そんな開拓団員の中にも被害と加害の意識が存在した・・・」。
 古老の語る過酷な体験は脚色のないリアリズムそのものである。
 国民の大半を占める戦後生まれの1人1人に見せたい証言集である。
 当作品はこの地区で最優秀賞を獲得したので、後日、東京で行われる中央審査に送られる。恐らく中央でも注目されるに違いない。
 さて、第2位の33点を獲得したのは山陽放送が制作した『物流危機~相次ぐトラック事故の背景~』というドキュメントである。
 今回のコンクールに出品されたものの中での白眉であった。私はこの作品に10点の最高点をつけた。
 四国香川県の観音寺市で、昨年の10月、秋祭りの太鼓台に大型トレーラーが突っ込むという事故が起きた。死者1名、39人が重軽傷を負った大惨事だった。トレーラーの運転手は今、刑務所に入っている。
 制作者たちは苛酷な物流業界を取材する。トレーラー会社の社長は「無理をさせてはいない」と言うが、運転手側から見ると「無理をしないと成り立たない」のがわかる。ネット通販で膨大に膨れ上がった宅配便、客の方は「着くのが当たり前」と考えているのに何度も何度も留守で再配達させられる。
 愛媛県から関東へ物を運ぶのに、高速道路を使わずに一般道を通るのは、低賃金の中で採算を取ろうとするとそうせざるを得ないから。規制緩和で物流業界への参入が多くなり、低価格競争が酷いから。下請け会社は7社にも及び、加えて、電話1つで金をかすめ取る『水屋』という名の仲介業者までがいる。
 『水屋』は車の1台も持たず、電話を受けるとすぐに別の電話で別の業者に「仕事をおろす」のだ。例えば、その1本かけた電話で稼ぐ(ピンハネ代・・・失礼)は1,000円である。
 登場した『水屋』のオヤジたちは、一種隠微な世界の住人にみえるが、喋る日本語はきちんとしていて、電話だけを通して商売をしている危うい立ち位置での処世術の賜物のように見えるのである。『水屋』などという職業を全く知らなかった私は、心底驚いたのである。
 ノッペリした官僚は、規制緩和の結果起きて、日本中に蔓延する「眠くても走るしかない」トラック運転手たちの酷い実情を知らない。「危機一髪の状況にはしょっちゅう出会っている」と自嘲気味に話す疲れた顔の運転手たちをなんとかしてやらねば、ますます事故は多発すると思える。
 現代日本の物流業界のすさまじい告発の書であった。
 他に、中国四国地区の特徴である広島の原爆に関する作品、テレビ新広島の『たしかに そこは町だった~広島平和公園の下に~』と中国放送の『私は無実です~防犯カメラで真実は見えるか~』の2本と合わせて、合計3本が優秀賞を受賞した。
 猛暑の中での審査会だったが、力作が多く、四国くんだりまで出張した甲斐があったというものである。「地方局、頑張るの巻」。それに引き換え、近頃の中央キー局はバラエティにうつつを抜かすばかりで情けないこと夥しい。