絶滅危惧種は動・植物だけではない

 

 毎年、お正月の食べ物を全部手作りするわが家では、お餅もパックで売っている出来合いのものは買わない。だから、例年、和菓子屋さんにのし餅と3寸のお重ねをオーダーしていた。
 昨年の暮れ、またお餅をついてもらおうと和菓子屋さんに電話を掛けたら、誰も出ない。仕方なく、地下鉄駅前の和菓子屋さんまで行ったところ、お店のシャッターは締まっていて、張り紙がしてあった。
 「六十年間和菓子一筋でやってまいりましたが、この度、閉店することになりました。皆様には長い間お引き立ていただきまして誠にありがとうございました」云々と書いてある。そういえば、12月の初め頃、「しばらく休業します」と張り紙が出たことがあった。恐らくその頃に、店主の老夫婦のどちらかが病気になり、残念ながら回復しないで亡くなったのではないかと私は余計な想像までしてしまった。残念だが暮れには他店で、のし餅を作ってもらった。馴染みの和菓子屋さんの閉店はこれで2軒目である。
 近頃、和菓子屋さんばかりでなく、次々と昔からのお店が廃業する。まず、日本蕎麦屋が少なくなった。最寄りのJRの駅前にあった有名な蕎麦屋が、いつの間にかとんかつ屋に代わっていた。なくなった蕎麦屋のかき玉うどんは絶品だったのに残念である。
 食べ物屋の他にも絶滅危惧種はたくさんあって、昔、よく行った渋谷の東亜のような生地屋さんがすっかり姿を消した。東亜はどこか違う場所で細々と営業しているのをみた記憶があるが、ファッションが既製服全盛になって以来、生地屋は成り立たなくなったのだろう。同じく、毛糸屋やハギレ屋なども含めていわゆる洋裁店がほとんど絶滅している。
 私の商売道具では、本屋さんがわが近辺では絶滅危惧種である。その代り、週刊誌などはコンビニが細々と売っている。
 大量の本を買う場合、駅前の本屋でも全く品揃えが悪いので、私はわざわざターミナルデパートの中にある大型本屋に行かねばならない。情けない時代になったものである。私はネット通販は嫌いなのである。
 電車の中でのスマホ競争に比べて、文庫本でも読んでいる人が1人でもいれば、私は心の中で「お利口さん」と呟く。スマホでゲームばかりしているいい年をしたお兄さん、「頭が退化しますよ」と言ってやりたいけれどパスする。
 ところで、一般の人には関係ないが、わが家では最も関心の高い絶滅危惧種がある。それは麻雀牌である。麻雀荘でマージャンをする人さえ減ってしまった今日この頃なのに、わざわざ麻雀牌を買う人はほとんどいない。かつてわが家では盛大にジャン大会をやっていたので、今でも複数の牌を持っている。
 先日、ある人から、「象牙の牌だと10万円から15万円で買いますよ」と言われて、売る気になった。わが家にはピカピカの黒牌の他に、象牙製の、まるでお雛様の箪笥のような典雅な箱に入っている麻雀牌があるからだ。
 今から50年ぐらい前に、総理大臣や外務大臣や官房長官などを歴任した某政治家の秘書官から、「これ象牙製だよ」と言われて購入したものである。花牌も完璧に揃っていて、とても美しい。
 高さが約12センチ、奥行きが約13センチ、幅が約19センチのミニ黒檀タンスである。枠の天井にはちゃんとぶらさげられる金具がついており、小さな引き出しの前にも金のつまみがあって、引き出しやすいようになっている。
 ミニ牌タンスの1番下の引き出しには点棒やサイツや起家牌などが入っている。その上の3段にはピンズ、ソーズ、ワンズの3種類が1つも欠けずに整然と収まっている。
 1番上の字牌の引き出しが最も美しい。東西南北の風牌と白発中の他に花牌。花牌は春夏秋冬と蘭、菊、竹、梅の合計8個がそれぞれ綺麗な花籠の絵と共に極彩色で描かれているのだ。美術品のようである。
 「勿体ないけど、もう使わないから売ろうか」と家族と決めた。セカンドハウスを建てた時、泊りがけの客と遊ぶために、全自動の麻雀台を買っていたからである。当時、全自動の新品は70万円もして、わが家は中古の15万円の台を買った。でも、こいつはワガママ牌でよく遊んでいる時にフリーズする。
 さて、10万~15万円で象牙牌を買うと言った人のオフィスに牌を持ち込んだ。ハンサムな買い手は、恭しく牌を取り出して、1つ1つルーペで点検し始めた。私はすっかりルンルン気分で、「保存状態がいいですね」と褒められると思いわくわくしながら待っていた。
 数分後、ハンサムな買い手は言った。「これは1,000円ぐらいですね」
 「えーっ。お電話では象牙牌は10万くらいとお聞きしたんですが・・・」
 「はい、象牙なら10万ですが、これは水牛かなんかの骨ですね」
 「えーっ!」
 秘書官は確かに象牙だと言った! 当時でも結構高く買わされた!
 「象牙だとこの辺に皺みたいな柄が出てるんですけどね。これは、その皺がない」!
 「へーえ。水牛の骨だと二束三文ですか」
 「はい」
 ハンサムさんは顔色一つ変えずに頷いた。
 わくわくしていた私はトボトボと重い水牛牌タンスを抱えて帰路についた。家にある中古品を売るという初体験は、かくして徒労に終わったのであった。
 美しい水牛牌は、今でも押し入れの中に鎮座ましましている(泣)。