築地には得も言われぬ懐かしさがある

 

 母方の祖母は明治の(五黄の寅)年生まれで、頭はよかったが、気が強い猛女であったから、この時代には珍しい職業婦人だった。今話題の築地に関係のある築地小学校の先生をしていた。私の母はこの人の長女(上に兄がいた)だったので、妹たちの母親代わりで、きつい母親に相当苦労したらしい。
 (五黄の寅)さんの臨終は母が看取ったが、いつも、母は「恩讐の彼方」だと言っていた。実母との間にいろいろと確執があったと予想できるのだ。兄がいながら、恩讐を超えて自分が母親を見送ったので、心中複雑だったと思う。
 結婚した先の、彼女にとっては姑である父方の祖母(私は会ったことがない)について、「私にはF子F子と優しくしてくれて、姑というより、実母よりよほど母親らしく可愛がってくれた」と懐かしがっていた。
 普通は嫁VS姑と対立するものだが、母と祖母に関しては血のつながった実母の方がややこしかったのである。
 さて、今、ホットな地域の築地界隈について、私は名前を聞くだけで懐かしさがこみ上げるのは、(五黄の寅)さん以来の血のなせる業なのかと思う。だから、場外市場は残るとしても、築地市場が豊洲に移転するというニュースが出て以来、残念でならず、ましてや土壌汚染の場所に食品関係の市場を作るなんてもってのほかと憤慨していた。
 今回の諸問題が発覚して、不謹慎だが「ざまあみろ」と思っている。連日の情報番組知識では、汚染問題の解決のための盛り土がなされていないウソがばれて、今、犯人捜しの真っ最中である。私の素人観測では、恐らく、トップ(敢えて名を秘す)の意向を汲んだ部署が、勝手に盛り土なしの空間を作らせたのではないかと見える。都民の意思など無視のままである。
 それにしても、小池百合子知事でなかったら、こんな不祥事は絶対表沙汰にならなかっただろう。立候補の時にはあまり応援する気にならなかったが、小池さん、やるじゃん。どんなに金がかかっても、豊洲市場への移転だけは止めてもらいたいと思う。魚を買いたくなくなるし、場外へも行きたくなくなる。
 昔々、節季にはわが家は大挙して毎年、アメ横に買い出しに行っていたが、ここ10年くらいは築地場外へ行くのが恒例である。大江戸線一本で行けるし、節季でなくても、よく場外の中のお寿司屋さんへ食べに行くから馴染みがあるのである。
 築地を改築して、あそこに残すことは出来ないのだろうか。
 是非とも築地に残してもらいたい。
 さて、築地への懐かしさには根っからここが好きだからという理由がある。
 築地場外が好きなわけはいろいろあるが、店の親父さんたちの粋が第1に好きなのだ。みんな江戸っ子の粋があり、言葉も素晴らしいが胡麻塩の頭でも、垢ぬけたいい男が多いのである。身についた雰囲気に江戸っ子の華を感じる。
 あの界隈が作り出した得も言われぬ情緒も関係しているのだろう。
 話はちょっと変わるが。
 息子の中学時代の同級生の母親で、ママ友だったMさんは、ご主人がやり手の歯科医師で、4軒も医院をもっていたのだが、その医院、医院に愛人を作っていて、Mさんとは家庭内離婚状態だった。
 彼女は寂しかったし、能力を持て余していたので、築地の場外に卵焼きの店を出して、女社長になった。店は大流行りで、年末になると、坊ちゃんに背負わせて、見事なプロが作った卵焼きを山ほどわが家に届けてくれたのだった。タレントのテリー伊藤さんも卵焼き屋の息子と聞くから、恐らくMさんのことは知っているはずだ。
 Mさんは人懐っこくて、何故かよく連絡をくれた。ある時、ニコニコしながらケロッとした表情で「私、ガンなのよ」と言う。ギョッとして聞き返すと、「それが薬で消えたのよ、影が」と喜んでいる。ご主人の女癖の悪さがストレスになり、無理やり仕事に情熱を傾けても、心は満たされず、ガンに罹ってしまったのだと私は痛ましく思った。
 数年たって、別の友人から電話が来て、Mさんの突然の訃報を知らされた。元気なものだとばかり思っていたのでショックだった。享年58歳。ご主人とは離婚しなかったので、都下にあるお墓はのけ反る様に豪華な作りで、M家の墓とあった。死んでも彼女は不本意な夫の家に住み続けることになったのだ。
 築地場外へ買い出しに行っても、未だに卵焼き屋の前は通りたくないのである。御三家の麻布中学高校を卒業しながら、息子と同級生だったMくんは大学にも行かず、その後どうしているかわからない。親の犠牲者である。
 築地にはもう1か所出かける場所がある。築地本願寺である。知人のお葬式では何回か出かけたが、もっと明るい用事である。築地本願寺の中に小ぶりなホールがあるのだ。普段は演劇などに使われているらしいが、ここで尺八の大家の演奏会に招待されたのである。
 三橋貴風さんという、お家元であり、音楽大学でも教えている先生でもあり、過去には文化庁の色々な賞(芸術祭大賞など)も受賞している優秀な演奏家である。彼の演奏会は尺八だけでなく、お琴の演奏も加わり、なかなか聴きごたえがあったが、後で聞くと、みーんなお客様はご招待なのだそうだ。つまり、チケットは全く売れない。チラシには一応チケット代5,000円と書いてあるが、みな彼の自腹だそうだ。軟派の下手くそナントカ48でも何万枚とチケットが売れるのに、純粋芸術は持ち出し。おかしな構図である。
 コンサートには築地という得も言われぬ魅力的な神通力も通らないらしい。