禍福はあざなえる縄の如し

 

 人様のつらいことをエッセイのテーマにするのは気が重いが、今回の市川海老蔵さんの記者会見が余りに衝撃的だったので書くことにした。かつては腕白坊やのようであった海老蔵さんの、見事な大人になりぶりに感心したからだ。お父様・團十郎さん亡き後に、一家の主としてずいぶんご苦労があり、それが彼を成長させたのだろうと思う。
 それにしても人生の「禍福はあざなえる縄の如し」である。
 團十郎さんの白血病もそんなに頻繁に罹る病気ではないのに、一家の中でまたもやガンの闘病とは、お気の毒としか言いようがない。
 美人で性格が良くて、超豪華な結婚式を挙げ、子供にもすぐに恵まれ、なかんずく、「一姫二太郎」の理想的な産み方で、歌舞伎役者の跡取りまであっという間に初舞台を踏ませて、これ以上ない幸せ家族の主だったのに、その夫人が進行性の乳癌とは、なんと残酷な禍福であろうか。
 人もうらやむ境遇から一転したご当人は悔しくてたまらないだろうに、堂々と記者会見して、まことに立派だった。どこかのグジグジした知事とは大違いである。
 近頃は日本人の3人に1人がガンにかかると言われている。医学の進歩で昔はわからなかったガンまで発見されるようになったからだろうが、私の身の回りでもガンに罹る人が多い。
 私の実家は両親ともにガンには関係がなく、103歳まで病気知らずで生きた父も、パーキンソン病で亡くなった母もガンとは関係がなかったのに、長姉は数年前に肺腺癌で亡くなった。
 長兄の息子の、私が愛した薬学博士の甥っ子は、50代でスキルス癌で早世した。空気の公害とか建材とか添加物の食事とか、昔とは違った悪いものがあるのかもしれない。ひたひたと私の回りにもガンは押し寄せている。
 ものすごく裕福なセレブで、まだ70代前半のエリートの知人も、人間ドックで突然に食道癌が見つかった。本人はショックを受けたが、初期だったので内視鏡で手術して、今は元気だ。
 もう当たり前の病気の一つになったので、ガンは昔のようには隠さない。海老蔵さんのように人気役者の場合は差しさわりがあるのだろうが、有名人でもあっけらカーンと発表する人はいる。何度も何度も手術をして、それでもメディアで活躍している鳥越俊太郎さんのような人もいる。
 不治の病扱いをして、昔は「ガン告知」を「死の宣告」のように言われたが、時代は変わった。海老蔵夫人の快癒を祈りたい。
 さて、逆の意味での「禍福はあざなえる縄の如し」は、北海道で見つかった7歳の坊やである。田野岡大和くんだ。つらいつらい1週間の「禍」の後で、日本中をホッとさせる「福」が来た。石を投げるというオイタをして、山の中に置き去りにされ、わあわあ泣いて方角がわからなくなり、北の方に行ってしまって探してもらえなかった。水しか飲めなかった。
 おちびちゃんにとってこれ以上の「禍」はない。それでもスタスタ歩いて自衛隊の演習場の廠舎を見つけた。真っ暗な山道を歩く時、どんなに怖かっただろうか、どんなに心細かっただろうか、私はそれを考えると涙が出そうになる。わが孫のような気分になるからだ。
 「親が迎えに来てくれる」と思っていたとの報道があったが、1週間も誰にも会わず、「食わず食わず」でも逆上しなかったとは、物凄い大人ぶりである。結果的にジッとしていたので体力の消耗が少なかった。本当にこの子が考えたのだろうか。発見された時のおにぎりをもった可愛らしいキョトンとした写真を見ると、エネルギーがなくて廠舎でジッとしていたのでもなさそうだ。
 ひょっとして、この坊やは超現代っ子で、山の遭難のニュースで、「動かなかったから助かった」と報道されるのを小耳に挟んで記憶していたのかもしれない。寒い北海道の坊やという特殊性があったのか。
 退院した時の、歯の生え替りでミソッパになっているところも可愛い。
 大和くんが記者の質問に照れながら答えている後ろで、両親がくの字になってお辞儀をしている図も、ほほえましかった。なぜなら、彼らは世間に対して恐縮しきりであり、下手に顔を上げるとネットで叩かれかねないのだ。
 「お前のしつけと称するものが多くの人に迷惑をかけた。一体捜索隊の経費がいくらかかったと思ってるんだ」などと非難されかねない。だから、両親はひたすら顔が上げられなくてお辞儀をする。
 四方拝(しほうはい)どころか、あちこち方角を変えて八方拝(?)して最敬礼をしている様が、悪いけどおかしかった。ハッピーエンドだったのだから、いいじゃないか。でも、捜索費用って親に請求書が行くのだろうか。そりゃ大変だ。たった7つの命が無事助かったのだ、こんなうれしいことはないので、捜索費用に関してはパスしよう。
 子供に関わるメディアのニュースに、私はいつも耳をふさぐ。小さな人間ほど愛しいものはないのに、メディアに出てくる幼児虐待の多いことは、目に余る。自分の精神までズタズタにされるようで聞くのがつらい。
 最初は心配したけれど、今回の7歳に関しては「禍福」がいい方にあざなえられたので、久しぶりに万歳である。いちやく超有名人になっちゃった大和くん、元気で遊べ。当分、怖い夢を見るかもしれないけれど、きっと、たくましい青年に成長するだろう。
 日本中をホッとさせた坊や、頑張って、おりこうだったね。