男性の高齢者ドライバーが交通事故を起こす理由の1つは、人に言えないパニック要素が原因しているかも

 

 私は何十年間も無事故無違反の優良ドライバーだった(影の声。ロクに運転していないのだから当然だ)が、本来、自分に運転の適性がないと思っていたので、2年前にさっさと返納して運転経歴証明書というものをもらった。
 免許証とそっくりなカードで、身分証明書として重宝している。
 近頃立て続けに高齢者のドライバーが、重大な人身事故を起こした交通事故の原因運転者になっているので、免許返納の議論がかまびすしい。
 公共交通機関のない地方の田舎町ではいざ知らず、東京のド真ん中に住んでいる私の家では、免許返納しても痛くも痒くもなく、夫はまだ免許を持っているので支障がない。
 彼は若い頃、レーシングカーを運転したこともあった運転巧者なので、高齢ではあるけれど、まだまだ返納のことは話題にも上らない。だだ、安曇野にあるセカンドハウスに行く時に、以前は220キロを独りで運転してくれていたが、気の毒なので、最近は中央高速バスかJRを松本まで利用し、そこでレンタカーを借りてわが家にまで行くことに代えたのだ。
 だから、長時間の運転はしなくていいのである。
 恐ろしい交通事故の頻発で、夫の免許証もいささか心配をしなくてはならないかもしれないが、今のところは何の不安もない。
 しかし、ちょっと待て。
 若い運転者にはわからないだろうが、私が勝手に類推している男性の高齢者ドライバー独特の問題があるのではないかと近頃思うようになった。
 数年前のことだ。
 中央高速の安曇野インターから長野道に上がって、東京の高井戸インターを目指していた時、連休中だったか忘れたが、ものすごく上りが渋滞していた。
 長野道の中は大体いつでも空いているけれど、難所は小仏トンネルである。諏訪湖SAを過ぎ、双葉SAを過ぎ、笹子トンネルを過ぎ、その後で談合坂SAに着くと、もう東京が近いとホッとするのだが、この時は猛烈な混み具合で、談合坂サービスエリアに入る時からノロノロ運転だった。
 これは、その先の小仏トンネルが大渋滞しているから、数珠つなぎに談合坂SAまで渋滞運転が続いていて、車が途切れなくなっていることなのである。
 しかも、悪いことに渋滞の低速走行で来たのでガス欠の心配まで出てきてしまった。
 談合坂SAの上りでは、ガソリンスタンドは出口に近いところにある。そこまで行くのに何十分もかかりそうだと助手席の私も焦ってきた。
 すると、いつもは穏やかな性格の夫が、ハンドルを叩きはじめた。
 ヤバいっ。運転手のイライラが始まったのである。突然性格が凶暴になる。
 「速く行けっ」ドンドンドン!(ハンドルを叩く音)
 「もうすぐだから焦らないで」と私も必死で宥めるが、運転者の機嫌はますます殺気立つ。
 「何やってんだ、早く行けーっ」
 「ここで怒鳴っても仕方がないでしょ、もうちょっと我慢してね」と私も必死。
 まあ、途中は端折るが、この時は私も本当に冷や汗の連続であった。談合坂SAに入ってから反対の出口付近にあるガソリンスタンドまで辿り着くのに30分以上かかったのである。給油している間に、夫は真っ青な顔でトイレに駆け込んだ。
 つまり、ガソリンはガス欠に近く、彼のボーコーは満タンでオーバーフロウの寸前だったのだ。この件から私は彼を観察をするようになった。
 夫は渋滞すると尿意を催す。普段は格別頻尿ということもないのに、渋滞でイライラが募ると条件反射のようにトイレに行きたくなるらしいのだ。
 男性の生理は女の私にはよくわからないが、別荘に行くときには大体彼の服装はカジュアルで、ズボンは通勤用のゆったりしたものとは違い、ピチピチのジーパンを履いている。その上、運転席ではシートベルトで下腹をきつく締めているので、股のあたりに余裕がない。だから、お小水が溜まると、すぐ満タンになり、お手洗いに行きたくなるのではないのか。
 渋滞でイライラが募ると(私にはよくわからないが)、「トイレ、トイレ」とパニックになる。高齢者は若い人のように膀胱に弾力性がないので我慢できなくなるのではないかと推察できる。下半身に神経が行って、脳の司令塔がコントロールを失う。若い頃のように無意識でも正確にフットペダルが踏めるような状態が年寄りでは続かないのか。
 事故を起こした高齢者ドライバーが、一様にアクセルを踏み続けたり、アクセルとブレーキを踏み間違っていたりするのは、頭の中がパニクッテいて、思考回路がぐじゃぐじゃになっているのではないか。それとも、「トイレ、トイレ」と膀胱の方に気が行って、ハンドルさばきや右足のペダルのコントロールの方に指令が行かなくなっていたのではないのか。
 池袋の87歳、まだ逮捕もされていない、若いお母さんと小さな子供ちゃんを殺した怪しからん運転手。100キロ越えのスピードで、何台もの車をへこましたりぶっ飛ばしたりして、結局は助手席の奥さんと一緒に亡くなってしまった福岡の81歳。などなど。いずれも車をコントロールできていない様子が伺えるのだ。
 福岡の人はテレビ報道では、奥さんが必死でご主人の手助けをしようとしていた節があるというから、何か別の病気が発症していたのかもしれない。簡単な高齢者の運転技術劣化が原因ではないのかもしれない。解剖では病歴が見つからなかったそうだが。
 免許証返納について、ある年齢でちょん切るという説も出ているが、これは暴論である。個人差を考えていない。以前私が講習を受けた時、その教習所で高齢者講習に来た95歳の老紳士が、ペーパーテストは満点で、運転技術も問題がなかったと聞いた。
 60歳でもダメな人もいる。
 「テルマエ・ロマエ」のヤマザキマリさんが言っていた。イタリアでは、高齢者の免許書き換え時のテストが、段階を踏んで難しいそうである。
 我が国の制度も国民的議論で考えるべき時が来ている。