浮世絵に見る江戸吉原遊郭の本が面白い

 

 開店の喧騒のほとぼりが覚めたので、GINZA SIXへ行ってきた。GINZA SIXは旧銀座松坂屋の跡に建てられたテナントビルである。休日なので混んでいるかと思ったがそうでもなく、1階から5階まではお客もパラパラ、6階の本屋、蔦屋書店に来て初めて、「おう、人が一杯いるな」と思った。
 しかし、よく見ると本を買っている人よりも、座っている人の方が多い。本屋の真ん中の大きなスペースに喫茶エリアがあって、そこだけが空きスペースを探すのがやっとという賑やかさなのである。つまり、本を買うよりお茶をしに来ている人が多いということである。
 銀座という場所は気楽に立ち寄る喫茶店が少ない街である。昔からそうだった。だから、尾張町4丁目の角の三越の2階にある、タカビーで値段が高くて、従業員の態度も慇懃無礼な最悪の喫茶店がやたらに流行っているのである。
 2月の東京マラソンの時なんか、ランナーを上から睥睨できるので、この喫茶店の窓際の席は、まず空かない。別にランナーの頭を見ても面白くもなんともないが、いつも混んでいる。
 蔦屋書店で面白い本を見つけた。
 『浮世絵に見る江戸吉原』という名の図説である。表紙を見ただけで買った。ほんの小ぶりの図説が1,800円もしたが、昔の遊郭に私は興味津々だからである。だって、後の薄汚い赤線青線と違って、吉原と聞くだけで、ある種の風格を感じるからだ。河出書房新社発行。佐藤要人監修、藤原千恵子編。
 もともと吉原は葭原と呼ばれていたという。江戸柳町にあった遊女屋の主人が同業者を代表して、幕府に遊郭開設を願い出、5年後にやっと許可が出る。幕府から与えられた土地は葺屋町の下(今の日本橋人形町付近)の2町4方。葭が生い茂っていた場所だったので葭原(よしわら)と呼ばれた。後に「葭」を縁起のいい「吉」に代えたのだそうだ。
 はて、人形町だとホンの都心だぞ。
 明暦2年に移転を命じられる。町が拡大して人形町付近まで都心になってしまったからである。それで浅草に移転することにされたが、遠方だからという理由で、スペースが5割り増しになったのだ。幕府も結構優しいのだ。
 移転先の浅草の吉原は新吉原と呼ばれ、後にここが単に吉原と言われるようになったのである。吉原の歴史は昭和33年の売春防止法で遊郭がなくなるまで、約300年も続いたのである。この世に男と女がいる限り・・・。
 この図説では花魁や最下層の遊女や、彼女たちを悩ませた梅毒などの病気や、身請けに関する金のやり取りや、興味が尽きない様々が書かれているが、ここではパスする。関心のある方はこの本をお読みください。
 さて、9月18日の午後7時半からNHK総合で放送されたドラマ、『眩(くらら)~北斎の娘』は、吉原とも縁の深い浮世絵師、葛飾北斎の娘の葛飾応為(お栄)が主人公である。直木賞を取った朝井まかての小説のドラマ化だ。
 葛飾北斎(長塚京三)、娘のお栄(宮崎あおい)、弟子の善次郎(松田龍平)、滝沢馬琴(野田秀樹)、北斎の妻・小兎(余貴美子)ら、素晴らしい役者ぞろいで非常に見応えがあった。
 出戻ってきたお栄が、父親の北斎を「おやじどの」ととても尊敬していて、彼女自身も絵心豊かな女である。雑然とした広い部屋のあちこちに紙や顔料が散らばり、そこでパッチを履いて膝立て姿で絵を描く、男のようなべらんめえ口調のお栄の造詣が新鮮である。
 この頃の流行絵描き(?)は、まるで現代の人気漫画家とそっくりで、ボスが描いている横に、弟子が侍って色付けをしたり、いろいろと支えているのに驚いた。大体、絵描きは孤独にキャンパスと向き合っているものでしょ。まあ、北斎の絵は版画だから、摺師もいるし、様々な分業が成り立っていたのだろう。
 北斎は1度脳卒中で倒れるが、医療の未発達な時代に、よくぞ蘇る。結局、北斎は90歳まで生きたから、卒中は治っていたのかもしれない。晩年の北斎が真っ白な総髪で富士山を描き、横に天に昇る龍の絵を描いた『富士越龍図』を制作する場面がある。お栄が感心して見ている。
 死の3か月前の作である。
 伝えられるところによると北斎はぐうたらで虱のわいた炬燵布団に入りっぱなしで、引っ越し魔。自宅で料理は全くせず、近くの店屋物を朝昼晩に食っていた。妻・小兎も娘・お栄もいたのに何でと思うが、要するにズボラな天才芸術家だったのか。店屋物ばかり食って、よくぞ非衛生な時代に長生きしたものだ。その辺はあまりドラマには描かれなかったが。
 宮崎あおい演じるお栄は、父親とは違い、光と影に関心を持つ。恐らく江戸時代の夜の街は真っ暗くらだったはずで、お栄はそのコントラストを自分の画題とする。彼女が近年評価されるようになったものの1つに『吉原格子先之図』という絵がある。
 遊郭の格子の向こうに花魁など遊女たちが並んでいる。彼女たちには光が当たっている。格子のこちら側には女を値踏みする男たちが遊女たちを見ている。男の横には足元を照らす提灯をもったお付きの小女が、腰をかがめて付き添っている。一発で登場人物たちの身分や立ち位置を示す優れた画風である。
 長塚や宮崎の演技も素晴らしかったが、私はチラッと出てきた滝沢馬琴が面白かった。北斎と馬琴はよく喧嘩をしたらしい。才人の野田秀樹が演じる馬琴は、せかせかとやってきて見舞いの言葉を述べるのだが、皮肉屋で照れ屋で、かつハートが温かいという人物を実にくっきりと印象付けたのである。