江川紹子さんの『「カルト」はすぐ隣に―オウムに引き寄せられた若者たち』という新書を読んで、目から鱗が落ちた

 

 昨年の7月上旬、オウム真理教の幹部たちで、死刑が確定していた13人の死刑が執行された。あれから約1年が経つ今年の6月下旬に、オウム事件で鋭い評論を展開し、菊池寛賞まで受賞したジャーナリストの江川紹子さんが、『「カルト」はすぐ隣に―オウムに引き寄せられた若者たち』という本を出版された。岩波書店発行の<岩波ジュニア新書 896>である。
 7月上旬に、テレビ番組のコンクールで審査員をご一緒した折に、この本をいただいたので、一気に読んだのである。その結果、長い間、オウム事件の様々なことで、釈然としなかった部分が、くっきりしてきて、目から鱗が落ちたのだった。
 私が一番気になっていたことは、極悪犯人になってしまった彼らが、何故、あんなに薄汚い教祖の教えに取り込まれたかということと、当時から大手メディアでも繰り返し語られていた、高学歴の理系の人や医師などが、どうして信者になったかということであった。
 その解明は読者に任せるが。
 初めに、この本の特徴について全体の感想を書くと、文章が滑らかで、非常に読みやすいということである。
 ジャーナリストの文章は、時として無味乾燥な客観報道に徹していて、新聞記事みたいに面白くないことがある。
 ところが、この本は始めから終わりまで、女性が書いたとわかる優しさに溢れていて、極悪犯人たちに対しても、どこか「わかってあげたい」と思っている母性を感じる温かなエッセイのように感じられるのだ。
 つまり、滑らかということは練達の文章なのだ。
 まず、この本の構成から述べてみたい。
 インデックスの次に<オウム真理教が引き起こした主な事件>のリストがある。
 大体は当時の新聞記事やテレビ番組で私も記憶しているが、中の1つ、「江川ホスゲン」という項目がある。<1994年9月、教団が引き起こした事件を週刊誌で報じた江川紹子を殺害しようと、自宅室内にホスゲンガスを噴霧>とある。
 オウムが自分の部屋に入ってきたと聞くだけで身震いが出るが、この事件は刑事事件として立件されなかった、と注釈がある。
 なぜ立件されなかったのか。わからない。
 それにしても、彼女は強い人である。
 後発団体が未だに生きていて、オウムシンパもその辺にいるかもしれないのに、堂々とテレビに顔出しして活躍していられる。強靭な精神の持ち主である。頭が下がる。
 1章は<悩みの隣にオウムがあった>
 高卒ながら麻原彰晃にお側用人のように重用された井上嘉浩が、どんな家庭に育ち、悩みを抱えていたか。その後、オウムに出家するまでについて記述されているのと、松本智津夫(麻原彰晃)の育ちについて詳細に書かれている。
 2章は<オウムを産んだ社会>
 3章は<ある元信者の手記>である。
 ある元信者とは、地下鉄サリン事件の時に実行犯たちの送迎車の運転手役を担い、後に無期懲役刑を課された杉本繁郎である。だから、彼はまだ生きている。彼は多くの手記を書き、自分がオウムに絡めとられた分析を語っている。この本のために新たに書き加えられた部分もあるという。
 4章は<オウムに引き寄せられた若者たち>
 正にこの本のハイライトである。井上嘉浩、広瀬健一、端本悟、林郁夫、と女性信者たちの個々の事情が語られている。前の4人は全員が処刑された。
 井上は(入信時16歳―処刑されたのが48歳)、広瀬は(23歳―54歳)、端本は(20歳―51歳)、林は(29歳―60歳)で、若い時にオウムに取り込まれて、還暦になって人生を終わった林のような男もいる。ああ、無常である。
 5章は<引き寄せられる前に>として、カルトから身を守るために、人生の先輩・江川さんがいろいろとアドバイスしている。
 私が感じた全体の感想は、サリン事件ほかで被害に遭われた方々には申し訳ないと思うが、取り込まれて凶悪犯になってしまった彼らを、あまり憎む気になれないのである。
 反対に麻原彰晃は縦横斜め、どこから見ても世紀の大悪人だと思う。結局、何も語らずに死んでいったことでもわかるが、小さな妬み嫉みに支配されたコンプレックスの塊り。略。
 昭和20年代は日本中が貧しかった。だが、大家族の中心には、無教養でも人生を長く生きたジジババがいて、食べ物を分け合い、子供がオイタをすれば、「そんなことをやったら、お天道様に叱られるよ」とやんわりたしなめた。時にはお尻ペンペンもされた。
 大都会では夕涼みの床几に腰かけて、町内の古老が、まるで自分の孫子のように子供たちを見張っていた。父母たちもジジババには一目置き、年寄を決して粗末にはしなかった。自分たちの先輩として子育ての方法を学んだのである。
 今はどうだ。街のアンケートでも70歳以上は分類に入っていない。つまり、人間じゃないのである。シニアという世情に遅れた動物扱いである。SNSも知らない、昭和演歌だけを聴いていると思われている。父母の世代が上の世代を心底バカにしているのを子供たちは小さいころから目撃している。そのくせ父母たちは自分の欲望を追うことに忙しい。
 断言できるのは、父母たちの『親力』が徹底的に衰退しているのである。
 人生の先輩として、わが子の悩みにも気が付かず、他者との比較にうつつを抜かし、子供を批判ばかりする。己のDNAは棚上げにして、高望みをし、子供が精神的に道に迷っているときに、取りあえず抱きしめて一緒に悩んでやる胆力がない。
 薄汚い教祖が断定的に道を説けば、ふらふらと迷い込むほどの弱い子羊たちを、なんで腹を痛めた父母が命を懸けて救えなかったのか。『親力』の枯渇以外の何物でもない。