東京マラソン わがスタイリスト君、走る

 

 競争率12.2倍という東京マラソン・一般参加者の激戦抽選にわがスタイリストA君が当選した。彼は7回落ちて、今年初めて当選したのだ。奥さんは今年も落選した。10万円払えば走れるそうで、彼がお金を出してあげると言ったら、奥方は「いらない」と断ったらしい。
 今年の東京マラソンは快晴の上に風も強くなく、絶好のお天気日和で実行された。つくづく小池百合子さんという人は運が強い。ブルーの洋服で号砲を鳴らして得意満面だった。
 わがスタイリストとは私が長年髪をカットしてもらっている好青年である。大手デパートの中の美容室で10年働いて腕を上げ、30代前半の若さで昨年自分の店をオープンした、がんばり屋の美容師である。
 「今年、抽選が当たりました」とA君から聞いた時から、私は応援していた。若かったら私も走ってみたいが、もう望むべくもないので、観客として応援するしかない。昨年は家族とともに早起きして、新宿の出発地域へ行ってみたが、ぜーんぜん近寄れないので、高層ビル群の歩道で見送った。
 最初にパトカーや中継車などが走ってきた後で、車椅子の長い長い競争車が矢のごとく通過して、しばらくたってから招待選手らがやってきた。
 新宿の後、銀座4丁目や日本橋などでも観戦した。しかし、今年はゴールが東京駅前の行幸通りだというので、その終点までは自宅でテレビ観戦し、A君が着く頃に東京駅に行こうと思ったのである。
 選手ナンバーが数日前にしか教えられないと聞いたので、2日前に電話をしたところ、「うちの店のHPを見てください。僕がどの辺を走っているか刻々と出るはずなので、そこでわかりますから」という。
 「わかったわ、じゃ、頑張ってね」と私はそれ以上何も聞かなかった。
 これがチョンボの始まりだった。
 先週、髪を手入れしてもらった時には、A君は毎日走る練習をしているとのことだった。
 「この前、店から実家まで、わざわざ道を遠回りして走ったんですよ」
 「何キロぐらい?」
 「真っ直ぐ行っちゃうとたったの18キロなんで、道をクネクネと西へ行ったり東へ行ったり、余計に曲がって25キロは走ろうと思ってスタートしたんですけど・・・」
 「完走できたの?」
 「途中でタクシーを拾っちゃった!」と大笑い。
 やっぱりなあ、素人がマラソンの練習をするのも大変なのである。
 いよいよ日曜日が来た。9時から4チャンネルの日本テレビで中継が始まった。車椅子のスタートと選手たちのスタートと2回の号砲が鳴ったが、選手ばかり写して肝心の小池さんのピストル姿は映らず、音だけだった。下手くそ。
 9時過ぎからA君の店のHPに彼の走行情報が出ると聞いていたのでPCでもスマホでも開いてみようとするが、「開けません」とある。
 「えーっ、どうなってるの?」
 テレビでは既にアフリカ勢の一団がものすごいスピードで先頭を走っている。
 そのうちA君の情報もアップされるだろうと考え、家を出ることにした。東京駅に着くのは2時から3時の間だろうと彼が言ったので、終点で待っているからと約束してあった。とにかく東京駅だ。
 東京駅の前には、行幸通りまでずっと観客席が作られている。スピーカーであおっている声が聞こえるが、階段状の椅子席の後ろ側を通っているので何も見えない。椅子の隙間から反対側に到着して走っている一般走者の姿がちらちら見えるだけである。一体どんな人たちが招待されているのだろうか。
 われわれはスタスタ歩いて行幸通りの前に出た。ヘトヘトで足を引きずっている人などが最後の関門を通りながら、ペットボトルの水と記念のタオルをもらっている。いいないいな、羨ましいな。
 時刻は既に午後1時半。青いウエアに白と茶色のメッシュの帽子をかぶっているとA君から聞いていたので、目を皿にして1人1人をみつめる。
 ところがだ。歩道の植木の前の特等席(?)で見ていたのに、前と後ろからハンドマイクでがなりたてられた。「ここでは見物できません。ここは歩道です。歩いてください。止まらないでください。通行の邪魔になります」。
 私が立っているところには外人も含めて大勢の人たちがいるが、後ろ側には3メートルぐらいも空いているので、少しも通行の邪魔にはなっていないのだ。
 「私は高い高い都税を払っているのじゃ、年に1度のイベントでガタガタ言うな! うるせえ」と私は腹の中で毒づいたが、後ろの人は制服の警視庁!
 公務執行妨害でパクられたら嫌なので黙っていた。
 結局、2時半までの1時間、ハンドマイクで怒鳴られるのを耐えて、無視して立って待ったがA君は現れず。
 それどころか、HPも最後まで「開けません」のままだった。
 ドジな私、彼の携帯番号は知らなかったのである。
 このエッセイを書いている27日の月曜日はA君の店はおやすみ。だから、現在ただいままでに、A君が何時ごろゲートを通過したのか、HPの不具合はなぜ起こったのか聞けていない。
 ただ、マイクで怒鳴られに行っただけ(´д`)トホホ。
 頭に来たので八重洲大丸でケーキを買って帰って、ストレス食いの最中だ。