新元号のドタバタ騒ぎ、『令和』『れいわ』とはこれ如何に

 

 東大の史料編纂所の本郷教授が、「こんなこと言ったら、2度と(テレビから)依頼が来ない」と苦笑しながら『令和』について述べられたお説が、一連のドタバタの中で最も面白かった。
 それは、『巧言令色鮮し仁(こうげんれいしょくすくなしじん)』の『令』だと説明したのだ。大辞林(三省堂)によれば、「巧言令色は言葉を飾り、表情をとりつくろうこと」とある。そういう人は「仁」が少ないというのだ。
 『巧言令色鮮し仁』は確かに学校で習ったから、みんな知っているだろうと思ったら、本郷さんが出ていたワイドショーのコメンテーターたちもアナウンサーも、みんながキョトンとしていたから、若い人たちは教養がないねえ。
 「令」の字はだれが見ても「命令の令」を連想する。上の者が命令した「平和」って偽物臭い。加えて、私は「昭和」に使われた「和」を一つ跨いで、また使うのは新鮮味に欠けると違和感をもった。
 ついでに言うと、「令」と聞いた時に、私は一番に「ははあ、戒厳令の令か」とヒネたことを連想した。自分でもヒネ過ぎだと思うけれど。
 「平和の和」の使い過ぎについては・・・。
 「幸」の字の付いた人が必ずしも幸せでないのと同じだ。「幸子」さんには何の恨みもないが、よーく新聞を見ていてごらん。事件や災害に巻き込まれた人に「幸」の字を含む名前がよく出てくる。それだけ「幸」の字の人が多いということかもしれない。
 「令」の字は「令嬢」とか「令息」とかセレブな方々を連想すると言っていた人もいるが、私は逆につめたい感じがする。「れい」→「冷」を思い出すからだろう。
 私の個人的な記憶と関連していることもある。
 大昔、田舎に疎開した時に、ものすごく達筆の国語の男の先生が、ある日、誰かに、私の頭越しに私を評して言った。「〇〇さん(私のこと)は自己にも冷厳、他人にも冷厳な人です」と。ニコニコしながらだったので、決して非難しての言葉ではなかったのだが、私は子供心に妙に納得したのである。
 「まあまあ」とか「いいじゃないの」とか、鷹揚に許すことのできないスクエアな性格を喝破されたのだろう。「ダメなものはダメ」と言っちゃう子供だった。この場合の「れい」は「令」ではなくて「冷」だったのだが、音の「れい」に私が敏感な原因の一つでもあると思っている。
 「令和」と発表されてから、早速、この元号が縁起のいいものではないと証明されるような事態が起きた。昨日から国会で大騒ぎの、塚田一郎国土交通省副大臣のトンデモ発言である。塚田氏が下関北九州道路の建設計画を巡って、地元の応援演説で、「山口県は安倍総理の地元、北九州は麻生副総理の地元だから、2人に忖度して、『私は早く建設するべき』だと演説したのである」と。これが西日本新聞にすっぱ抜かれた。
 ところが、翌日は事実と異なることを発言したという。つまり、ウソを言ったというのだ。
 笑っちゃうのは、4月1日、エイプリルフールの当日に「ウソをついた」のなら、「エイプリルフールだった」と逃げるつもりだったのか。バカめ。
 よりによって、4月1日は新元号発表の日で、朝っぱらから日本中がソワソワ、官邸はピリピリ、NHKはホクホク。何故なら、こうしたスペシャルな報道番組では絶対的にNHKが強いからである。案の定、27,1%の視聴率を取った。
 ところが、官邸にとってお目出度いはずの4月1日の11時41分に、菅官房長官が得意顔で『令和』の文字を掲げた数時間後の夕方7時に、塚田国交省副大臣は、得意顔で「忖度した」と発言していたのである。第1号の『令和』のケチの付き始め。
 『令和』は発布前からケチがついて縁起が悪いのだーーーーーぁ。
 安倍さんまで、前日に「発言は問題だ。本人からしっかりと説明すべきで肝に銘じて職責を果たしてもらいたい」と言っていたのに、次の日には事実上の「解任」となり、当然、総理の任命責任も問われる。
 あーあ、施行前からケチがついた、ついた、「令和」なんて、しーらない!(笑)
 もう1つ、私は平成の時から疑問を持っているのは、あの新元号の毛筆の字についてである。小渕さんが掲げた「平成」の字も、今回の「令和」の字も、下手くそ。
 ただの看板書きの人でももっと達者な字を書く。
 なんで達筆の人に依頼しないのだろうか。縁起でもないと思うのは、令の字に勢いがなく、肉太なところとひょろひょろと細めのところが混在していて、力強さが感じられないこと。
 凝った書家の字でなくていいから、もう少し均整の取れた書にしてもらいたかった。
 今の皇太子様が天皇に即位なさって後、今上陛下は将来、平成天皇と呼ばれる。そして、またまた先の先に、皇太子様は令和天皇になられる。つまり、元号とは人の名前にもなるのである。自民党のごく一部の人によって決められるのは釈然としない。
 私はとっくに彼方(あちら)に行っているからどうでもいいが。
 イチャモンばかりつけるようだが、他の候補名も含めて、いい名前がなかった。何でも迎合の好きなテレビは、早速、令和(れな)ちゃんや和令さんなどを探し出して喜んでいる。この国の人々はホントにおめでたくお上に従順で呆れる。
 個の意見はないのかと情けない。
 仄聞するところでは、横文字表記にこだわったらしい。平成がライバルの『修文』に勝ったのは『昭和』のSに続いて『修文』のSでは困ると言われたから。その点では『令和』はRである。慶応のK、『明治』のM、『大正』のT、『昭和』のSと来て、『平成』のH、お次は『令和』のR、その先のことなんか知るか。
 副大臣でケチがついて、せいぜい数十日先の発布までに、お祓いでもなさいませ。
 令和元年に大地震なんてごめんだわよ。
 改元の年には政治が乱れるとも言うから、夏の選挙で地滑りが起きたりして。
 最後にもう1度。私は余り好きではない新元号名である。