救急隊からスマホに電話がかかってきた!

 

 大学時代からの親友の1人、元テレビマンのA君が、先日、突然、脈拍がたったの30という徐脈になって、救急車で病院に運ばれたと知らせが来た。徐脈が治りかかったところで今度は血圧が200にもなり、結局、2週間ぐらい入院していたらしい。
 彼は20年ぐらい前から心臓の不整脈で、時々トラブルがあった。
 最初は、自分で運転してわが安曇野のセカンドハウスに来た時に、真夜中にドキドキが止まらなくなり、同じ和室で寝ていた他の友人たちが、すべて寝不足でヨレヨレになった記憶がある。それでも、ゴルフはするわ、お酒は飲むわ、普通の生活を続けていたのに、救急車とはと、ものすごく心配したのである。
 今はもう自宅で元気にしているようだ。
 われわれの年代は全員が片足カンオケ組なので、いつ何時、何があるかわからないと思う。
 先日、三浦朱門さんがお亡くなりになったニュースを見た。昔々、フジサンケイグループ広告大賞(この名前、間違っているかもしれない)の中の制作者賞で選考委員をしていた時、授賞式にいらした来賓の三浦さんが壇上でなさった挨拶が思い出される。ペーパーも見ずに、物凄くうまいお話の仕方だったので、頭のいい方だなあと印象に残っていた。三浦さんとはひと回り位も年が離れてはいるが、親友の救急車でハタとわが身を顧みたのだ。
 A君の退院の知らせを聞いた数日後である。
 私は運転免許証を返納しようと思い、新宿の都庁運転免許更新センターに行った。長い間普通免許は持っていたが、ほとんどがペーパードライバーで、身分証明書として使うことの方が多かった。
 しかも、高齢ドライバーに課される免許更新の前の講習会が超メンドクサイ。行ってみると結構楽しくて、私は自慢じゃないがペーパーテストは満点、バーチャルの運転注意力テストも優秀、講習会の教官がチヤホヤしてくれるほど成績は良かったのだが、何せメンドクサイ。仕事で忙しいので時間が取れない。
 で、「えいやっ」と返納することに決めたのだ。
 更新センターは都庁の本館から1度道路を渡って別のビルに行かねばならないので、「下手くそ設計! 地下でもっと便利に繋げておけばいいのに!」と毒づきながら歩く。
 その時である。
 スマホが鳴った。私のスマホのサウンドは「ショパンの嬰ハ短調、遺作のノクターン」を入れてある。
 知らない070で始まる番号が表示されていた。
 「はい、もしもし」
 男性の声で、「〇〇さんの奥さんですか?」
 「はい、そうですが・・・」
 「こちら救急隊です。旦那さんがB店(大型書店の名前)で倒れまして、今から病院に運ぶところなんですが」
 「えーーーーっ!」
 「今、どこにいらっしゃいますか、掛かり付けがC病院だそうですが」
 「はい、内科ではありませんが。夫はどうなったのですか」
 「目撃者によると、上の方の本を取ろうとしてそのまま意識が飛んだらしいんです」
 「えーーーーっ!」意識が飛んだとは穏やかでない。
 「今はちゃんとお話もできますし、しっかりしていらっしゃいます」
 「私もたまたま同じ新宿にいます。都庁ですからすぐ参ります」
 「では、C病院に受け入れていただけるか問い合わせます」
 「有難うございます。よろしくお願いいたします」
 1度電話を切って、またかけると、C病院が受け入れてくれたとのこと。ホッとした。
 不幸中の幸いだった。大型書店も新宿にあり、私も都庁にいた。夫がなんでこの日に新宿にいたのかは知らなかったが、とりあえず遠くの町でなくてよかったのだ。私は急いで運転経歴証明書を受け取り、C病院にすっ飛んでいった。
 夫はヘモグロビンA1Cが高めだが、真正の糖尿病患者ではないし、生まれてこの方「元気印」が歩いているような人。背が高く体重は55キロしかないスリム体型で、大学時代から趣味の社交ダンスは続けている。
 なんで、卒倒なんかしたのか。
 C病院の2階内科の救急外来に運び込まれていた。ガタイの大きな救急隊員の男性が経過をまた説明してくれた。私は感謝でペコペコ。有り難い有り難い。
 若いハンサムらしい(マスクをしているので顔の半分は見えない)先生は、テキパキと何か調べてくれて、私は外来廊下で待たされる。
 そのうち夕方の5時になり、1階の救急外来に移される。先ほどの先生は循環器の専門だったので、今度は糖尿の専門医の若い男性医師が現れた。
 どうやら、血糖値が急激に上昇し、卒倒したらしいのだ。
 その先生は「短期間入院していただきます」といい、糖尿の経過観察で通っている別のクリニックから、あっという間にファクスを取り寄せ、夫の病歴を把握した。さすがに大病院、テキパキとやることが速い。これで一安心である。
 それにしても夫のバカヤロ、食欲に任せて食べすぎるからだ。入院手続き用の書類には、「一過性意識障害」と書いてあった。ああ、また物入りだぁ。