抱腹絶倒 ニセ脚本家とホンモノ脚本家

 

 マレーシアに92歳という首相が誕生したので、私はひっくり返った。マハティール首相である。まだまだ意気軒昂で、マレーシア連邦議会下院選挙で勝って、政権交代したというのである。
 映像で見ると、お顔はあまり老人らしくないけれど、椅子に腰かける時に介助されていたので、やっぱり足腰は年相応なのかもしれないと思った。
 でも首相という重責を引き受けるとは立派である。
 私も歳だなんて考えずに頑張らなくちゃいけない。
 そういえば日本でも、90歳を越えた佐藤愛子さんのご本が売れているらしいし、曽野綾子さんのご本の広告もよく見る。売れているから広告も出るのだ。
 企業で高齢の会長らがいると、老害だとか、いつまでも居座っているだとか、陰口を叩かれるが、一匹狼の物書きや芸術家では、超高齢でも文句は言われない。80歳をとっくに過ぎた五木寛之さんなんか、あちこちに小説やエッセイを連載しまくっていて、私はほとほと感心している。
 ほんとに凄いバイタリティである。疲れないのかと思っていたら、どこかのエッセイに、身体が大変らしいと書いてあったので、やっぱりな、と安心したのである。彼も人間だ。
 同じく80歳を越えた脚本家の倉本聰さんの対談が、夕刊紙に長く連載されている。相手は私も存じ上げている大学のセンセイだ。
 この対談が素晴らしく面白いのである。
 むかしむかし、倉本さんが書かれたフジテレビの『6羽のかもめ』という連続ドラマがあった。1974年から26回連続放映された業界裏話ものである。
 ちょうど、ちあきなおみの「喝采」が流行っていた頃で、劇中で中条静夫さん演じるテレビ局の部長が、ちあきさんの、「いつものように幕が開き・・・」のくだりで、手を挙げるフリを真似して歌うのが大受けに受けて、クソ真面目だった中条静夫さんがすっかりコメディ役者になってしまった作品だった。
 すごい低視聴率だったが、私は当時も週刊誌にテレビ評を連載していたので、「めちゃくちゃ面白い」と褒めたら、ドラマ終了後に打ち上げパーティーに招待してくれた。その頃からの倉本ファンである。
 対談は長く脚本を書いてきた倉本さんの思い出話が多いのだが、その中に、「倉本聰」というニセ脚本家が地方に現れたエピソードが抱腹絶倒である。
 倉本さんが、例の、局とトラブルがあった『勝海舟』を書いていた時期に、彼の家にいきなり青森県警の刑事が来た。
 刑事は倉本さんに、「あんた、ほんとに倉本聰さん?」と聞く。本人だと確かめられて、「そうか。あんたが踏み倒したんじゃないことはわかった」という。
 その後、ニセ倉本聰脚本家は日本海沿岸を南下する。つまり、このニセモノは倉本さんを騙って寅さんのように旅から旅へ無銭飲食旅行を続けていたのだ。その度に、また青森県警の刑事がホンモノの倉本さんを尋ねてくる。「野郎がまた出ました」といってくるのだ。
 ある朝、倉本家に居候していた役者が小声で「先生、電話です」。
 「女の方からです」と倉本夫人に聞こえないようにいう。そこで倉本氏が電話に出ると、「もしもし、倉本さん? 私、よしこ。上野のよしこ」。
 倉本さんはニセモノが何かやったナとピンときた。青森は上野と列車でつながっているので、よしこという女の世話になって、また出て行ったに違いない。
 ニセ倉本は旅先でずっと籠って『勝海舟』の脚本を書いていて、東尋坊の旅館の親父が、ニセが書いた脚本を後にホンモノ倉本さんのところに持ってきた!
 その脚本の出来はというと、子母澤寛の小説「勝海舟」を丸ごと引き写したようなものだったらしい。
 旅館の親父がいうには、ニセモノは勤勉で毎日書いている。そして部屋掃除の時に散歩に出る。彼が散歩に出ると、NHKから電話がかかる。1人2役で本人がかけているのだが、「NHKは支払いが悪い。原稿を送っているのにギャラが届かない」。旅館側が「1度向こうに行って交渉なさったら?」。
 ニセモノは上京する金がない。そこで、旅館は10万円も貸しちまったのだ!
 上野から電話が来て、「今着いたよー」といい、バックに上野駅の「うえのー。うえのー」というアナウンスまでが聞こえるので、旅館はコロッと信用してしまった。
 ところが、『勝海舟』がいよいよ始まって、倉本さんがテレビの番宣に出たのを旅館の売店の女の子が見ちゃった。しかし、ニセモノに言いくるめられて、それから1週間も泊まっていたというから、いやはや、凄腕詐欺師だ。
 詐欺師が追われている時に、福井県からニセモノの母親たるおばあさんがホンモノ倉本氏を訪ねてきた。ちょうど倉本氏の母君が亡くなった葬儀の最中だったので、取り込みの理由を教えると、そのおばあさんは泣き出して、畳におでこを擦り付けて詫びた。
 ところが、彼女は自分は戦争未亡人で、息子は元文学青年、「群像」とかに投稿していたという。つまり、才能のなかった文学青年の成れの果てであった。
 傑作なのはこの話のオチである。
 おばあさん曰く。「明後日、大阪で自首させますので嘆願書をお書きいただけませんか」と図々しい頼みである。人のいい倉本さんは嘆願書を書いてあげた。
 詐欺師の息子にして、この母親あり(笑)。
 3日後に青森の刑事から「野郎がつかまりました」と電話が来たので、「自首したんでしょ」と聞くと、「自首でねぇです。捕まりました」!(大爆笑)。