情報格差と過疎と高齢者ドライバー

 

 名前は忘れたが、今はやりの田舎暮らしなどを奨励する月刊誌の統計によれば、日本中で1番移住して住みたい県は長野県だそうである。
 その長野県の中部、安曇野市に数日前まで行っていた。
 セカンドハウスを持っているので、冬場の水道管破裂予防のために、水抜きや不凍液の注入などの諸作業をやるためである。それらを慌ただしく終えて、また韋駄天で東京に戻ってきたところだ。疲れる。
 風光明媚でどちらを向いても絵葉書のように美しい信州であるが、このところ、あまりよくないことが続いている。
 日本中からの移住組の男女22人が大麻コミュニティを作っていて、27歳から64歳までの色々な年齢層が逮捕された事件が起きた。
 別荘地帯のわが家から少し北へ行った大町市の池田町が舞台だが、このあたり一帯は田圃や畑の中に住宅が点在する美しいが平凡な田舎である。まさか大麻屋敷があるなどとは想像もしなかったので大いに驚いた。
 かと思うと昨日あたり、田圃の中から男の足がにゅっと覗いていて、死体遺棄事件が発覚した。身元が判明したとの報道もある。わが別荘を建てた時にセキュリティ会社から派遣された社員の人が言っていたのは、つい最近(当時)まで彼の実家は家中の出入り口に鍵などかけず、夏は夜でも玄関は開けっ放しだったというぐらい、安全で長閑な地方だったという。それが、死体遺棄事件だ。時代は変わったのである。
 これまでの1番大きな事件は勿論、松本サリン事件だが、あれは全国規模の大事件。普段は殺伐としたニュースはあまりなくて、長野ローカルのテレビニュースも、ヒマダネが多いのである。随分昔のことだが、NHK長野と民放各社(長野放送、信越放送、テレビ信州、長野朝日放送など)の全テレビ局が、1日中、「今朝、皇太子様がいらっしゃいました」と朝から晩まで同じ内容のネタばかり垂れ流していたこともあった。夕方になるとうんざりした。
 事件だけでなく、このところ長野県は芳しくないことが多い。
 ローカルニュースのメインであるスポーツの結果だが、J2の松本山雅FCがファジアーノ岡山に1対2で負けてJ1昇格が消えた。また、27日までやっていた大相撲九州場所で、長野県出身の御嶽海が6勝9敗で負け越した。とにかく、大相撲開催中は長野支局は御嶽海の「今日の結果」に一喜一憂している。ヒマだねえ。
 全中の全国ニュースも中継されるが、東京でいえば「首都圏ネットワーク」のようなローカル放送時間は、すべてが地元ネタなので、農業やチマチマした地元イベントが多くて、情報内容の格差がはなはだしい。「これのどこがニュースだ」と文句を言いたくなるようなヒマダネが多いのである。頭がバカになる。
 ネット上では池田町の大麻事件を限界集落と書いていたが、限界集落とまではいかなくても過疎地であることは間違いない。だから、移住者に若者も交じっていて歓迎されたのだろう。
 県道のロータリーにあるコンビニと、大規模なスーパーや農機具まで売っている大型店の集まった場所が、日常の買い物の出来るところで、ここには車でないと絶対に行けない。駐車場には小さい軽自動車ばかりが並んでいる。
 先日、大型スーパーの入り口付近で、私の前をくの字に腰の曲がったおばあさんが、骨粗鬆症で湾曲した両足をOの字に開いてヨチヨチと歩いていた。買い物用の手押し車に体重をかけて歩いている。つまり、寄りかかるものがないと真っ直ぐに立てないのである。
 どこへ行くのかと見ていると、駐車場の軽自動車の前まで行って、買い物袋を車に積んだ。どう好意的に見てもヨボヨボした感じのお年寄りだ。くの字に曲がった体で、運転して帰るのだろうか。これは危ない。
 1人暮らしか、はたまた家族が病気なのか。体の衰え方から類推すると、耳や目も完璧ではないはずだ。それでも運転せざるを得ないのだ。
 近頃、頻発する高齢ドライバーによる事故は、こういう人が、アクセルとブレーキを踏み間違えるのではないかと心配になったのである。そういえば、長野道のサービスエリアに、高速道路の反対走行を注意する看板が出ている。高速道路で一方通行を走っていて、向こうから車が来たら恐怖だぞ。
 小さな軽自動車を運転している人をよく見ると、圧倒的に女が多い。男は田圃か会社か、仕事に出ているとも考えられるが、高齢の女性ドライバーは、男性が病気か何かで、仕方なく女が運転せざるを得ないのではないかと私には思える。核家族、過疎、高齢化とキーワードが頭をよぎる。
 だからといって、先ほどのおばあさんのように、他に家族がいないように見える人が、曲がった腰で車を運転せざるを得ない問題は、当分解決する策は見当たらない。東京などでは1分行けば店がある。バスも電車もある。
 長野県ばかりでなく、日本全国の農村部の限界集落で、日常の買い物を誰が助けてあげられるのか。崩壊してしまった大家族の結果、これからもっともっと、高齢ドライバーによる事故や事件は頻発するように思える。
 風光明媚で、移住したいナンバーワンの長野県にしてこうである。
 人口減少とパワーの落ちつつあるわが日本の象徴的現象が、ちょっと数日行ったセカンドハウスでも見て取れるのだ。成熟社会の国といえば、一見聞こえはいいが、今年の秋なし、冬まっしぐら、の気候のように、成熟の手前で衰退、老化まっしぐらの日本にならないとは限らない。
 美しい北アルプスの山々を望遠しながら、心は沈むのである。