平成が終わる、終わると、かまびすしいが・・・

 

 これはメディアの1人踊りではないか。
 私の周辺には「平成が終わる、終わる」と喚いている人なんて全然いない。
 「平成が終わる、終わる」と煽って、儲ける人たちがいるのか。カレンダー屋か手帳屋か、いずれにしても元号が変わって一儲けするのは印刷に関係している人たちだろう。
 私は全く関心がない。
 昭和が終わった時には、当時の天皇陛下が長い間、ご病気で、連日のように「下血何cc」などと、伝えられていたので嫌でも耳に入ってきた。病気という最も個人的な秘密事項を、あからさまに報道することには大いに違和感があったが、何故かヘンだと誰も指摘しなかった。
 放送記者が恒例のように、メモをもって「今日の下血は・・・」と報告する映像が映っていたので、沈んだ気持ちで聞いていたのだ。
 何もそこまで伝えなくてもいいのにと、私はお気の毒に思った。
 ひとつ、今でも忘れられないことがある。
 下血報道が続いていたある時に、近所のお肉屋さんで、日頃あまり余計なおしゃべりをしない店主が、「毎日毎日、何ccなんて言わなくてもいいのにね。うちは食べ物商売だから気になっちゃって・・・」と苦笑いしたのだ。
 なるほど、と私もそれから気になるようになったのである。
 昭和から平成への元号替わりは、だから、一大エポックだった。
 何しろ、昭和という時代には太平洋戦争があり、長い長い苦境の時代が続いたからである。それがやっと終わったという感慨があった。
 今でも放送で繰り返される、小渕さんが「平成」と書いた紙を開いて見せた映像は強烈に印象に残った。
 「平成」の筆あとが、私にいわせれば結構下手くそな字であったことも忘れられない。
 「修文」などの他の元号候補について侃々諤々いわれたのも記憶する。
 平成への代替わりに比べれば、今回は天皇さまが退位なさるのを望まれての元号替わりなので、関心が湧かないのである。
 来年の4月中旬が過ぎれば、多少気になってくるかもしれない。
 来年5月の初めまで私が生きているとして、これで昭和、平成、〇〇の3時代を生き抜くことになる。今でも、若い人たちから平成生まれでないことを、まるで化石のように「昭和ですかあ」といわれかねない風潮があるので、〇〇時代になったら、私は自分から「化石です」と言ってやろうと思っている。
 余計なお世話であるが、いろいろと困った人たちも出るのではないか。
 例えば、私がよく利用する中央線の某駅に、ホームからエスカレーターで降りてゆくと、真正面にデカい文字で「平成帝京大学」と書いてある大学の宣伝看板がある。
 この大学が出来た時には、「随分、安易なネーミングね」と思ったが、今では馴れてしまって気にならない。
 これが〇〇時代になると、まさか大学名を「〇〇帝京大学」と代えるんじゃないだろうな。
 他にもやたらに「平成」と名前に付けた団体があるから、それらは元号の刷新に従って名前を変えるのか? どうでもいいけど。
 昭和から平成への代替わりで、もう1つ強烈な思い出がある。
 一般の人たちにはあまり話題にされなかったかもしれないが、われわれの業界で高く評価されたテレビドラマがあった。『失われた時の流れを』と題する倉本聰氏の脚本で、1990年3 月にフジテレビで放送された単発ものである。
 数々の賞を受賞した。私もいろいろ関係していたので、フジテレビが開いたお祝いパーティーにも出席したし、フジのトップの挨拶も覚えている。
 『失われた時・・・』と聞くと超有名なマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』を思い出すが、こちらの方は『失われた時の流れを』だ。
 初めに、黒い車の葬列が映し出される。
 昭和天皇の棺を乗せた車に、長い車列が従ってゆく光景である。
 確か、実際のニュース映像が使われていたと思う。そこから過去に遡り、倉本さんが体験した子供時代の集団疎開の様子が始まる。事実、倉本さんは東京っ子だったのに山形県の田舎に集団疎開して、カルチャーショックを受けたと語っている。
 つまり、戦争中に子供時代を過ごし、自分たちの人生のほとんどを昭和天皇の時代に生きた人間の内面を、昭和の終りと共に回顧しているドラマだった。
 私の兄の年代である倉本さんの気持が痛いほど理解できたし、日本人の皆が、あの黒い葬列に何らかの私的感慨を持たずには過ごせなかった。
 そういう意味で、昭和から平成への代替わりは強烈だったのである。
 それに比べれば、「平成が終わる、終わる」といわれても何のエポックでもないしなあ。
 12月23日のお誕生日記者会見での、今の天皇さまの切々たるお言葉を聞いて、やっと「平成が終わる」のか、と思うようになったというところだ。
 だが、政府が人工的(?)に退位日と即位日を決めて、「ハイ、〇〇時代ですよ」といわれても、やっぱり私はピンとこない。
 百歩譲って、再来年の東京オリンピックを、1964年の大会と区別するために、〇〇時代のオリンピックといえば分り易いとのメリットはあるかもしれない。