古典籍展観大入札会目録

 

 朝、テレビのニュースを見ていたら、たった2日間だけ、古書会館で古典籍の入札会が開かれると報道していて、その中には、江戸時代の火消しの絵もあるといっている。
 私は古書マニアでもなんでもないが、昔の地図や古い文学の写本などは見てみたいので、早速当日、出かけることにした。神保町で地下鉄を降りて、古本屋街を歩いてみたが、わからない。同行者と2人で頭をひねる。
 古書〇〇センターというビルがあったので飛び込んで聞くと、まだ若いのに、古色蒼然とした店主さんが、ニコリともせずに古本の渦に囲まれて座っている。
 「カクカクシカジカの開かれている所はどちらでしょうか」と聞くと、「あれは関係者だけしか入れません」とにべもない。
 「あら、今朝の〇〇局のニュースでは一般人も入れる、と言ってましたけど」というと、また、ニコリともせず、「ここは古書〇〇センターで、それをやってるのは古書会館。駿河台下の方へ行って、約10分」と教えてくれた。
 昔々の学生時代、神田やお茶の水や駿河台下などは年中来ていたが、もう、今はさっぱり縁がない。お茶の水と言えば、カザルスホールに音楽を聴きによく来たものだが、主婦の友社もテレビマンユニオンも経営がドジで、折角のカザルスホールを日大に売ってしまった。だから、木材を贅沢に使った音響のいいホールも、今や学生の発表の場に成り下がってしまったのだ。勿体ない。
 約10分間、グルグル歩いてやっと古書会館に着いた。
 地階から4階までがぎっしり陳列会場である。
 4階まで上がると、おエーッと仰け反った。壁一面に掛け軸や絵画、真ん中のテーブルの上には写本の類がぎっしりと並び、1つ1つを見ていたら何時間あっても足りない。
 目を引くのは枕草子、源氏物語、平家物語などの写本である。平家物語など12冊もの揃い踏みだ。昔々、母方の祖母がこんな風な和紙の写本をよく読んでいたのを思い出す。
 あんまり多くて一々書けないが、短冊の類ではぐっと下って近世の人物の作品に興味津々であった。中でも、今、大河ドラマでやっている『西郷どん』に出てきた薩摩藩のお殿様、島津斉彬の短冊が目を引いた。
 また、同時代の近藤勇の短冊もあった。2人の文字はいずれも武士らしくメリハリの利いた筆跡である。
 高杉晋作の書幅は、一見大人しい文字である。
 同じく、大河ドラマの『西郷どん』に重要人物で登場してきて、目下、西郷さんと激烈に対立して、三条実美をして「恐ろしいことを企んでいる」と言わしめた大久保利通の書簡や書幅もあった。
 ドラマかぶれかもしれないが、字体から見て策士らしい感じがする。大久保は史実では紀尾井坂で暗殺されるのだが、ドラマでも出てくるのであろうか。
 明治の元勲たちは立派な髭を生やして恐ろしく貫禄があるが、紀尾井坂で大久保利通が暗殺されたのは、満年齢でわずか47歳だったのだ。ひやあ、若い。
 さて、書で私が感心したのは何枚も出品されている福澤諭吉の書幅である。中の1枚は明治21年に書かれたホンモノである。たっぷりと墨を吸わせた筆で一気に書いたという感じがする。
 普通の達筆というのとも違うが、全体に均整が取れていて訴える力がある。書の鑑定家はどういうか知らないが、私はこの日見た作品群の中で一番気に入ったのである。さすがはお札に印刷される偉人の書である。
 いよいよ、最後に絵に移る。
 江戸火消しである。出初め式やめ組といった纏組の絵は歌舞伎座のおみやげ物にもあって珍しくないが、明治6年の『ポンプ消防之図』という絵が面白かった。纏が彼方に整列していて、こっち側にはポンプ車から盛大に高い建物に放水されている。人たちが運び出した大荷物をわさわさ持って逃げている。今も昔も火事の風景は同じである。
 ついでに驚いた絵は、『安政2年10月2日、大地震並出火場所 方角巨細』という地図である。江戸城が「御城」と真ん中に書かれていて、その周りの江戸市中の地図がびっしり。あちこちに出火場所が記載されてある。紙と木材づくりの江戸では、さぞや火の回りが早かったのであろう。
 点数が多くてきりがないのでこの辺で。
 帰り、お茶の水駅に向かって古書会館から大通りを歩いていたら、余りの町の変わりように驚いた。大学のビルが立ち並び、右側のギター屋さんなどは記憶があるが、左側は昔の面影がない。
 ただ1か所だけ山の上ホテルへの坂道が昔と変わらなかった。
 懐かしくてお茶を飲みに入った。故山口瞳さんはここを執筆場所にしていらしたと記憶する。
 ロビーで紅茶とケーキを注文する。女性が、「うちのパティシエが手作りしているんですよ」と教えてくれたタルトの美味!
 入れてくれたお紅茶が絶品!
 コーヒーはどこのホテルでも喫茶店でも平均的に味が揃っているが、紅茶を美味しく入れてくれる店は少ない。コーヒーと同じようにポットに作ってあるのはもってのほか。お湯の温度と入れ加減が難しい。
 この山の上ホテルはさすがに伝統ある老舗ホテルである。
 古書で目の保養をした日に美味しい紅茶に出会えて、とても幸せであった。