六本木ヒルズの52階は揺れている~森美術館異聞~

 

 仲良しのフランス人であるP.B.氏がオーナーシェフをやっている都心のレストランで、仲間7人新年のランチ会をやっていたら、中の1人が「森美術館で北斎を見てきた」という。「うわっ、私も近々行くつもりだった」と答えてはみたが、連日の忙しさに、いつまた出かけられるかわからないので、ランチ会の帰りに寄ってみることにした。
 六本木ヒルズは、隣のビルでテレビ界の大きなイベントが毎年あったので、割になじみがあるが、基本的に私は高所恐怖症なので、積極的に出かけたいとは思わない。
 昔々、マンションの7階に住んでいた時、夜寝ていても、救急車のサイレンの音が自分の体の下の方に聞こえるので気持ちが悪く、眠れなかったぐらいの高いところ嫌いである。
 六本木ヒルズは1階だか2階だか地階だか判然としない癖のあるビルで、ぐるぐる回らされるのも不愉快、どうにも好きになれないビルである。
 ブツブツ言いながら螺旋階段を上り、ようやく「HOKUSAI 新・北斎展 UPDATED」という会場の入り口を見つけた。チケットを買ったのはいいが、そこから52階(!)まで エレベーターで昇らなければならない。
 スピードは速いし、あまり揺れないし、「これなら大丈夫だ」と思ったのが甘かった。
 52階に着いてみると、何やら体がふわふわして、足元も揺れている。丁度、大型船に乗った時のように、全身がふわーんふわーんと前後に揺れる。まことに気持ちが悪い。胃がむかむかする。パリのエッフェル塔の一番高いところまで何度も登ったが、こんな感覚は味わわなかった。エッフェル塔よりはるかに新しい六本木ヒルズは、最新式の建築テクニックが適用されているはず、この揺れはなんだろうか。
 素人考えでは、地震国日本だから軟構造でわざと振動させているのかもしれないが、私は大金持ちになっても(ありえないが)、絶対にこんなビルには住みたくない。
 新・北斎展に入館して、絵を見始めたら52階にいることが気にならなくなってきた。
 入口にあった出品目録を手に取ってみて、「うぇーっ」と唸った。
 出品点数が膨大で、1番から479番まであるのである。最後の479番は北斎の娘で、画才のあったお栄が、北斎の死に臨んで、門人・府川北岑に宛てた死亡通知である。
 「北斎は病気で養生していたがかなわず、今朝、4時頃病死しました。葬式は明日19日の午前10時頃にとり行われる」と書いてある。現代とあまり変わらない親族による死亡通知である。
 この娘・お栄さんは離婚して戻ってきてから、北斎の助手のようなことをやっていた一種の女傑である。画才もあった。彼女を主人公にしたテレビドラマがある。
 『眩~北斎の娘~』というNHK放送の単発ドラマで、非常にすぐれた作品であった。原作は朝井まかて、脚本は大森美香、出戻りお栄(葛飾応為)を演じるのは宮崎あおい。北斎は長塚京三、弟子でひそかにお栄が愛する男・善次郎を松田龍平。東京ドラマアウォード他の受賞作品である。
 男勝りのお栄さん(宮崎あおい)が床に立膝をして絵を描いている場面がよく出てきた。実際、離婚して帰ってきたのだが、彼女は実家ではデカい顔をしていたらしい。
 北斎もお栄も片付けのできない性格だったらしく、ドラマでも描かれていたが、家中がゴミだらけ。画材や書き損じの紙だらけ、炬燵を一年中おいていて、掃除や布団干しなどをしないので、衣類にはシラミが大発生していた。洗濯や着替えをする暇があったら絵を描いていたいということだったのか、2人そろって一種の変人天才だったのだろう。
 さて、最初は1枚1枚丁寧に鑑賞していたが、いい加減疲れてしまった頃に、やっと、大大傑作の「富嶽三十六景」のところに来た。
 有名な『神奈川沖浪裏』もあった!
 ここでは、印刷するための版がちゃんと展示されていて、ドビュッシーも愛した、あの波の絵が、色ごとに8版かけて刷られる次第が説明されている。よくわかる。
 真ん中に小さい遠景の富士山が見えて、近景には左手から大きな波がまるで掌のようにこちらを向いて立っている。何度見ても飽きない構図である。私は特大のこの絵のレプリカをデスクの正面に飾ってある。南仏のカルカソンヌの巨大なお城の写真と並べて飾ってあるのだが、不思議に違和感がない。つまり、東洋の絵画だが、西洋の写真と並んでも負けない存在感があるということだろう。
 『富嶽三十六景』は本当は46枚あるとか解説で読んだ気がするが、会場にあったのは25枚だった。それでも圧倒する迫力である。
 他に横書きの大判の絵で、私が好きだったのは『琉球八景』である。島と樹木だけの風景画なのだが、沖縄が苦手の私でも淡々として引き付けられる魅力があった。
 2,800円もする重い図録を買ったのだが、全部はまだ読み切れていない。冥土に持っていけないこんな図録を買ってどうするんだと思いながら、いつの日か暇になったら1ページ1ページめくって楽しもうと思う。「影の声、無理無理」。
 今回の森美術館の丸ごと葛飾北斎は豪快な大判振舞いである。こんなに沢山の北斎作品を一堂に集めたエネルギーはすごい。多すぎて疲れた。
 52階でなんとなく揺れていたのも関係していたかもしれないが、普通の美術展鑑賞より何倍も疲れた。平日の午後だったが客の入りは多く、北斎の人気を再確認した。
 最後に1つの疑問点がある。
 北斎はやたらに名前を変えた。展示も雅号や名前の変わった時期に合わせて分類されているが、なんでこんなに名前をくるくる変えたのか。
 春朗期、宗理期、葛飾北斎期、戴斗期、為一期、画狂老人卍期、などなど。これに恐らく幼名や通称名などさらにあるのだろう。
 現代のように戸籍法で縛られて、役所に届ける必要がなかったので、勝手に名乗れたのだろうが、自分の名前に飽きちゃったら、翌日は「私、〇〇です」と言って別の人になる。羨ましい気もするが、天才ゆえの分裂症ぎみで、画風に行き詰まったら、「ああ、別のものを描こう」と思って別人になったのか。訳が分からなくならなかったのかネ。