倉本聰氏が語るドラマへの遺言~4月8日から始まる『やすらぎの刻~道』制作裏話も

 

 ショーケン(萩原健一さん)が亡くなった。
 朝からワイドショーが大騒ぎしている。昨夜、フジテレビの『砂の器』を見ている最中に、臨時ニュースが流れたので大変驚いた。
 萩原さんはいろんな意味でユニークな人だった。歌手だったけれど、私はグループサウンズをあまり聴かなかったので、萩原さんの俳優としての印象の方が強い。
 やんちゃ坊主というイメージの萩原さんの代表作といえば、『傷だらけの天使』や『太陽にほえろ!』ということになっているが、私は断然『前略おふくろ様』を挙げたい。
 以前、週刊現代から過去の連ドラの秀作を3本あげてくれと取材があって、私が推薦した3本のうちの1本が『前略おふくろ様』だった。板前修業をしている青年が、故郷の母親に宛てて書く手紙の形式をとっていて、なんとそのお袋さんには戦前からの大スターである田中絹代さんが扮していた。声だけだったが。
 この作品の脚本家は倉本聰さんである。
 三郎という優しくて純朴で、集団就職で山形から上京して、下町の深川の料亭に住み込んで板前修業をしている青年を萩原さんが演じた。極め付きの倉本節のセリフで描かれた。
 その倉本氏(の聞き手)から、先日、彼が語り下ろした「ドラマへの遺言」という新潮新書を贈っていただいた。長年テレビ界で活躍してきた倉本氏は「話の通じる人が少なくなってきた」と感じていて、テレビ界での思いを余すところなく語っているのだが、その聞き手は上智大学の先生である。
 オビに書かれた文章に共感する。「話の通じる人が少なくなってくる。同時代の言語や名詞や想いが次第に世間に通用しなくなってくる。それが恐らく年老いることの一番の孤独であり寂しさであろう」と倉本氏は書いている。大いにわかる気がするが、彼にはまだまだ長く書き続けていただかなくてはならない。
 喜ぶべきことに倉本作品が4月からまた始まる。
 2年前の『やすらぎの郷』の続編のような『やすらぎの刻~道』である。
 『やすらぎの郷』誕生についての裏話。
 あの、大大脚本家の倉本氏にして、ご自身の企画の売り込みは1度失敗しているのである。名作『北の国から』で、フジテレビを子役の実年齢のままに物語の中でも成長させるという画期的な実験を成功させ、一気に秀作ドラマの作り手へと出世させた恩人に対して、フジテレビは『やすらぎの郷』の企画を断ったのだ。罰当たりめ!
 なんというバカか。だから、落ち目のフジテレビが回復しないのである。
 倉本氏はF1やF2に媚びて、ガキドラマばかり作り、まともな大人が見るドラマがないと常々思っていた。だから、大女優たち(八千草薫、浅丘ルリ子、加賀まりこ)に話をしたら、出演料はタダでもいいからやりましょうよと、彼女たちは賛同したのだという。
 フジに断られて、次に持って行ったのがテレビ朝日だった。
 朝はダメだということで、昼ドラになったのだが、テレビ朝日は大人が見る昼の連続ドラマという新しいジャンルを成功させたのである。テレ朝は「相棒」ばかりでなく一連の米倉涼子ドラマや沢口靖子ドラマというドル箱を持っている。
 大昔のNET・日本教育テレビが立派になったものだ。
 倉本ドラマは1年間も続くというから、今から楽しみである。
 『やすらぎの郷』を私はほとんど完視聴したが、最後の方の藤竜也さんのシーンにしびれた。昔から彼を大好きである。残念だったのは有馬稲子さんの登場場面が少なかったこと。ずいぶんガラガラ声の歌手だわ、とおかしかったけれど、次作では出るのか出ないのか。
 倉本さんの趣味というか好みというか、俳優たちへの見方も面白かった。天下のニノ(二宮和也くん)については、「この子はちゃんとしていると思った」と褒めていて、物おじしない子だという。大脚本家の倉本さんに対して、ニノは「聰ちゃん」と呼ぶらしい(笑)。つまり、ニノ本人が今や大スターだから、怖いものなしなのだろう。「硫黄島」の映画に起用された二宮くんは、あちらの大監督、クリント・イーストウッドのことも「クリントが」と友達みたいに呼ぶのだ。昔の日本だったら考えられない。
 またびっくりの倉本趣味は、『拝啓、父上様』に起用した黒木メイサのことを「こんな美人は見たことない」と言わんばかりに大絶賛していることだ。へーえ。
 黒木メイサはハーフのような顔立ちで、確かに美人だが、私は彼女をあまり高くは買っていない。彼女は写真のモデルならいいが、演じると表情も硬いし情感が出せない。置物にしておけ、といいたい(失礼)。倉本さんは愛犬にまでメイサって名前をつけたそうで、こりゃ重症だ。まあ、蓼食う人も好き好きだからいいでしょう。
 他にもいろいろ書きたいがパス。
 倉本氏に共感するのは、彼がビートたけしさんのことを全く買っていないことだ。報道番組でのふざけぶりや滑舌の悪さを指摘している。全くだ。
 また、どこかのテレビで発言していらしたが、「安倍総理も戦争体験者ではない。何もわかっちゃいない」と情けなさそうに言っていた。生まれていない若い世代を貶す必要はないが、トップの為政者が勉強不足で、好戦的なおじいちゃんの思想の丸写しに、彼が頭にきているのはよく理解できる。
 1度このエッセイでも書いたように記憶する(?)が、倉本作品に最初に虜にされたのは、1974年のフジテレビ『6羽のかもめ』である。テレビ界の裏話満載で、当時はやっていたちあきなおみの「喝采」のフリを、中条静夫さん演じるテレビ局の制作部長が物まねする楽屋落ちパロディが抱腹絶倒だった。低視聴率で業界的には評価されない側面もあったが、面白さという点では、私は倉本作品中のナンバーワンだと思っている。
 ずいぶん以前から私は彼の作品のファンだということだ。
 「ドラマへの遺言」などと淋しいことを言わないで、これからも長く長く書き続けていただきたい。4月からはお昼の20分、テレビに噛り付かなくちゃ。
 『やすらぎの刻~道』を大いに期待して待っている。