レオ様とブラピとタランティーノがタッグを組んだ快作映画、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』!

 

 またまた、週刊文春のシネマ・チャートで5人のうちの4人が5つ☆をつけ、1人が4つ☆をつけた最高評価の映画が封切られた。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』である。
 先ごろ、当作の脚本と監督を担ったクエンティン・タランティーノ監督と、主演の1人、レオナルド・ディカプリオの2人がNHKのニュース番組に出演して、この映画の宣伝のためインタビューを受けた。日本は上顧客なのだ。
 私が封切りの翌日に飛んで見に行ったのは、世間の高評価のためだけではない。
 この作品で描かれるのが1969年(昭和44年)のハリウッドであるからだった。
 私が初めてアメリカに行ったのが1968年の夏だったので、その頃のアメリカ西海岸の思い出がよみがえり、レオ様とブラピ様に会いに行くというより、自分の当時へのノスタルジアを確認したかったのである。
 見てみて、どうだったか。
 当時の西海岸の風俗と建物などが、まったく、驚くほど忠実に再現されていた。タランティーノはCGを使わないので、1969年の街並みや車や風俗がそっくりそのまま登場する。
 私はサンフランシスコ市のド真ん中、ユニオン・スクエアのホテルに泊まっていて、バスでロサンゼルスのリトル東京も行ったし、ハリウッドの山の中腹のスターたちの大豪邸を観光バスで見て回った。映画の後半の重要な舞台である。
 ヨセミテ国立公園にも行った。リスがその辺にチョロチョロしていた。
 まだ、日本人の外国行きが困難な時代で、円も少ししか持ち出せなかったので、公共交通機関がケーブルカー(市の1部だけ)しかないサンフランシスコでは、タクシーにも乗れずに難儀をした。若かったので歩いてばかりいた。
 フィッシャーマンズワーフ(漁師の波止場)に行く途中で、初めて1台だけ日本製の車に出会った。真っ赤なトヨタのスポーツタイプで、嬉しくなって私は友達と写真を撮った。日本製の車がうじゃうじゃと席巻している今では考えられないが、たった1台の国産車を見つけて大感激だったのである。時代は変わった。
 アメリカも当時は今のように、そこここにファーストフード店などはなかったので、昼間に外で食事をするのに極めて困難を感じた。何しろ外貨をあまり持っていないので(注。私は真面目に決められた円しか持ち出さなかったので大失敗)、胴巻き(?)に万円札を山ほど隠し持っていた友人はウハウハと金を使っていた。
 レストランに入ると大金を取られるので、フィッシャーマンズワーフに辿り着いて、安っぽい食堂で食事をした。
 よくわからないので「シンプルなエビ」と書いてあるメニューを注文すると、直径30センチもありそうな大皿にボイルした小エビばかり、円錐型に山盛りして出てきてビックリ仰天。日本のように付け合わせの野菜もなければ塩もソースもなし。小エビだけの山!!
 漁師のオジサンが日本の女の子と見て、「エビ、エビ、カニ、カニ」と日本語で呼び込みをしていたのが懐かしい。
 観光バスでロサンゼルスの郊外の山の中腹、大スターたちの豪邸のあるビバリーヒルズを巡った時は、翌年にここで起きる凄惨な殺人事件のことなど予想すらできなかった。
 若い人は知らないかもしれないが、中年以上は日本人でも震撼された事件のことは知っている。『ローズマリーの赤ちゃん』で大ヒットを飛ばしたロマン・ポランスキー監督の夫人で女優のシャロン・テートさんが、自宅に呼んだ友人ともども惨殺された事件である。
 映画では主人公のスター、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)が、大豪邸を持っている隣に、映画を大当たりさせたロマン・ポランスキー監督が引っ越してきたという内容である。事件を知っている私はドキドキしながら見たが、最後はさすがにタランティーノ監督、シャロン・テートさんたちの事件にはしなかった。
 リックの私邸の道に入り込んできたヒッピーたちに「出ていけ」と文句を言い、小競り合いで3人のヒッピーが襲い掛かってくると、まあ、見事な格闘技でやっつける。大爆笑したのは、リックが戦争映画で使った火炎放射器で、最後の1人のプールにいた奴を、プールサイドから火だるまでぶっ殺してしまうのだ。悪いけど大笑い。
 ヒッピーと言えば、この当時、長髪で垢まみれのヒッピーが大発生したころで、私の友人の友人がヒッピー村に行き、高価なカメラを分捕られたのである。
 シャロン・テート事件は1969年の8月に起きる。夫のロマン・ポランスキー監督は不在で助かるが、シャロンの元カレ美容師も共に惨殺された。事件は後に監獄で殺人を自慢した女の言葉から、チャールス・マンソンという悪魔的尊師の勘違いで、本当の恨みの相手の後に住んだシャロンたちが殺される羽目になったのだ。タランティーノがフィクションでは、隣家に不幸は起こらなく改変したのは、彼が子供の頃に愛したハリウッドの悲劇を幻の彼方に追いやりたかったからではないかと私は思う。
 随所にちりばめられた当時の史実を上げたらきりがないが、1番笑ったのは、売れないリックたちの話の中の、名作『大脱走』(ジョン・スタージェス監督)のオーディションの話である。何人もが狙ったけど、スティーブ・マックイーンが自分でやったというくだり。
 スターになりたくて皆が虎視眈々と役を狙っているエピソードが可笑しい。
 また、リックのスタントマンのクリフ・ブース(ブラッド・ピット)がヒッピーのヒッチハイク少女を乗せてヒッピー村に送る時、エロいクソガキのその少女がクリフの膝の上に乗り移ってきて、誘う。クリフは「こんな子供とやったら懲役だから、とんでもない」と相手にしない。ポランスキー監督がロリコン事件でアメリカに帰れない事をもじっているなと大笑いした。
 最後にもっとも私が興奮したのは、エージェント、シュワーズに扮して、落ち目のリックにイタリア西部劇に出ないかと誘う超大物俳優が、わが愛するアル・パチーノだったこと。
 アル・パチーノは私の1番好きなハリウッド・スターである。♡。