ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2017のテーマは《ラ・ダンス》

 

 2017年5月4日から6日まで、東京国際フォーラムで開かれていた「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の中日(なかび)の5日に、私はガラス塔で開設されていたインターネットラジオ「OTTAVA」の公開生放送を聴きに行った。
 午後2時から6時までの間、ステージ真ん前のベンチに座って、トークやミニ演奏などを全部聴いたのである。天気は良し、気温も快適、まことに楽しい4時間だった。
 「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」について知らない方のためにミニ解説をすると、これは2005年に始まり、これまでに12回東京で開催されているクラシックの音楽祭である。今年で13回目だ。
 始まりはフランスの地方都市・ナント市で、1995年に音楽プロデューサーのルネ・マルタンさんが立ち上げた音楽祭である。それを日本に持ってきた。
 これまで、クラシックのコンサートというと、眉間にしわを寄せたしかつめらしい客が正座して聴いているという印象があったが、LFJは全く違う。3日間で約350公演も行われるコンサートの中には、0歳児の赤ちゃんでも連れて入れるものもあり、実際に、飽きちゃった赤ちゃんがピーチクパーチク喋っていたり、泣いていたりする会場もある。
 つまり、まさしくここでは「音を楽しむ」音楽が奏でられるという画期的な音楽祭なのである。マルタンさんはアイデアマンだ。
 彼は日本人としても小さいくらいの背格好の気さくな茶髪紳士で、とても剛腕プロデューサーという印象はない。会場をコットンパンツでちょこまかと歩いている。今年私は彼を地下1階のトイレの前で見かけた。
 「ムッシュ・マルタン」と声をかけようかと思ったが、いくら何でもトイレに向かっている方には失礼だろうと遠慮した。残念だった。
 マルタンさん自身は演奏家ではなく、純粋にプロデューサー業の人、世界各地で1550公演もを手掛けているオジサンだ。彼に関しては「ルネ・マルタン プロデュースの極意」という音楽ジャーナリスト・林田直樹さん著の本が出たのでそちらを参考にされたい。
 5日の公開生放送の司会はピアニストの本田聖嗣と音楽ライターの飯田有沙のお2人さんプレゼンターで、ゲストは登場順にピアニストの赤松林太郎、ヴァイオリニストのテディ・パパヴラミ、ギタリストの大萩康司、ピアニストのルイス・フェルナンド・ペレスの4人の演奏家。
 パパヴラミ氏はアルバニアの出身なので、亡命するまでの苦労をドキュメンタリーに書いた本が話題になった音楽家だ。物静かでいかにも東欧圏の人という感じであるが、弾いた曲がベートーヴェンのピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲、ハ長調というからびっくりだ。
 1番面白かったのは最後のゲスト、スペインのルイス・フェルナンド・ペレスさんというピアニストである。勿論、ソロは「ソワレ・グラナドス」と題したオールスペインものコンサートだが、私はコンサートには行けなかった。
 「OTTAVA」のステージにゲストとして登場してスペイン音楽の話をした直後に、電子ピアノに近づき、さわりを弾いてくれた。一時もじっとしていない活発なハンサム男である。
 前振りが面白くて、この方、お茶目で明るく、いかにも南欧の人物らしいしゃべり上手、ボディランゲージも豊かだ。大国の日本を持ち上げたついでに、「昔はスペインも7つの海に漕ぎ出した大国だったのに、今はだんだん落ちて行って(と右掌を次第に斜めに下げるジェスチャー)、貧乏な国ですが・・・」と表情を曇らせる。そういえば私たちも昔の大航海時代のスペインの大国ぶりを教科書で習ったものだ。
 ペレスさんは世界中を飛び回る演奏家だからこそ、故国を背負っていて、外国に出るとわが祖国の沈滞ぶりがよけいに身に染みるのかもしれない。
 私はスペインの愛国者を初めて見た気がした。
 私もスペインへは行ったことがあるし、首都でピカソの「ゲルニカ」を見た感動は忘れない。世間ではアルハンブラ宮殿やバルセロナのサグラダファミリアが最も観光地として有名だが、私はマドリードから北に50キロ行った「エル・エスコリアル修道院」が1番印象深かった。ハプスブルグ家の末裔であるこの建物のように、ものすごく広大な遺跡には、木と紙の日本では考えられない重厚さがありヨーロッパの奥深さを感じたのである。
 ペレスさんが嘆くようにスペインが斜陽の貧乏国なんて謙遜することは全くないのだ。文化的には非常に高い国である。
 今年のLFJのテーマ「ラ・ダンス」にちなんで、スペイン舞曲における右手の表現について手のひらをクルクル回して自ら説明してくれた。拍手喝采だった。
 フラメンコ・ダンスにも見られる振りだが、会場の下で行われた阿波踊りのように、わが日本の踊りは「ラ・ダンス」とは大いに違う。
 古典派の時代からクラシック音楽は舞曲と密接に結びついてきた。
 マルタンさんの挨拶にもあるように、「ルネサンスから今日まで600年間にわたる舞曲とリズムのパノラマ」を俯瞰した音楽祭であったが、残念ながら、NHKが会場のサテライトスタジオで放送したり、「OTTAVA」が生放送をしたりと、ラジオの世界では盛り上がったが、10年以上の実績でも、まだまだ一般人の認知度は低いままである。エンタメ情報としてフジテレビが取材に来ることもない。やはり、西欧社会におけるクラシック音楽の浸透認知度と比較すると、わが日本のクラシック音楽界はガラパゴス的と言わざるを得ないのである。