ペンタゴン・ペーパーズとウィンストン・チャーチル

 

 2つの話題作外国映画、『ペンタゴン・ペーパーズ』と『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』を見てきた。
 『ペンタゴン・ペーパーズ』は原題が「The Post」である。つまり、TheがつきPが大文字になることによって、これはワシントン・ポスト紙のことを指す。郵便局のポストのことではない。アメリカは広大な国なので、日本のように中央紙とか全国紙とかいう概念がない。しかし、映画の中で(地方紙)と訳されていたが、ワシントン・ポストは日本における地方紙と同等ではなく、ステイタスとしてはアメリカという国を代表する一流紙の1つである。
 超有名監督のスティーヴン・スピルバーグが製作・監督し、主演は大スターのオスカー俳優であるメリル・ストリープとトム・ハンクス(編集主幹)が演じている。全く贅沢な映画だ。アカデミー賞にも2部門ノミネートされた。
 1971年、ベトナム戦争の真っ最中に、夫の自殺によってワシントン・ポスト社の社主になったキャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)が、まだまだ男尊女卑の男社会だったメディアの中で、社主として「報道の自由」を守るために苦悩し、罪に問われそうな重要な決断をする過程を描いている。
 その内容は、ベトナム戦争の戦況が「飛躍的に進展している」と喧伝されていたが、実はその裏で、1965年頃から、「この戦争には勝てない」ことを政府関係者は知っていた。その一連の政府の機密文書をニューヨーク・タイムズに続いて、ワシントン・ポストが大々的に報道した数日間の葛藤である。
 時の大統領はリチャード・ニクソン、後にウォーターゲート事件で失脚し、唯一の途中退陣大統領となるが、この映画の時期には、メディアへの圧力を容赦なくかける権力者だった。
 この映画は期待していたほどには面白くなかった。何故ならば、最後の盛り上がりが、ペンタゴン・ペーパーズの(すっぱ抜く内容の意外性)ではなく、下手をすると法律違反で逮捕されるかもしれない機密保護法違反への抵抗であるということだけだったからだ。
 4人の大統領、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンらがベトナム戦争の負けイクサぶりを、知っていて、勝っているように嘘をついていた事実の暴露という、いわば地味な内容でもあるし。
 山場のシーンで社主のキャサリン・グラハムが、ペンタゴン・ペーパーズを掲載する決断をする時に、「(新聞社が)亡き父親のものでもなく、亡き夫のものでもなく、社主である私のものだ」と決然と主張する。「だから、私が決める」と。
 そこは超カッコイイ。
 美しく知的なメリル・ストリープが、男社会で風を一身に受けると決断する。
 「報道の自由」を守った人々、これぞ民主主義国家の鑑であり、どこかの忖度まみれの国に、爪の垢でも煎じて飲ませたいと感じる、誠に正統派の文句の言いようがない内容である。だが、立派過ぎて、全体にコクがなかったのだ。
 一方、『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』は原題が「DARKEST  HOUR」、つまり「最も暗黒だった時間」のことだ。ナチス・ドイツの全体主義独裁者ヒトラーに、イギリスが侵略されそうになった20数日間の話で、嫌われ者の頑固親父・チャーチルが首相になって、同じ枢軸国だったイタリアに間に立ってもらって和睦を乞うか、あるいは断然抵抗してナチスと闘うかの決断をする話である。
 このエッセイの数回前に書いた『ダンケルク』が正にその重要な肝で、チャーチル首相が40万人の敗走に小舟を調達して救いだせと命令するのである。
 監督はまだ40代のジョー・ライト、主演はウィンストンにゲイリー・オールドマン、その妻に典雅なイギリス婦人のクリスティン・スコット・トーマス。チャーチルの特殊メイクに日本人の辻一弘さんが携わって、アカデミー賞を取ったのはみんな知っている。ほっそりした顔のオールドマンが、私も子供の頃映像で見知った、あのチャーチルのデブ顔になっていて、ドアップの顔の皮膚の毛穴まで不自然に見えない出来栄えに大変驚いたのである。
 当作で私が最も面白いと思ったのは、イギリスの国王陛下・ジョージ6世閣下がひょいひょいとチャーチルを訪ねてきたり、国王様とチャーチルがランチをしながら、口では「ユア ハイネス」と敬語を使っているが、むしゃむしゃと傍若無人に料理を頬張るところだ。
 チャーチルは国王様でも屁のカッパ。食い気の権化。
 端正に座ったジョージ6世(ベン・メンデルソーン)の前で、昼間からワイン片手に猫背で飯を食うウィンストン。歳が上だからといってチャーチルの肝心のところで傍若無人の腹の据わった性格をよく出しているシーンである。
 また、国王は「ヒトラーが一番恐れていて、首相になってほしくなかったのがチャーチルだ」と言う場面。与党内部で政敵だらけで嫌われているチャーチルでも、若い国王がチャーチルに対して高評価している聡明さを表わしていて、いかにも英国王室に対しての尊敬の念が下敷きになっているところが面白い。
 チャーチルが車からトンずらして地下鉄の中で、庶民と会話を交わし、断然ナチスと闘うと盛り上がる場面はいささかフィクションの加え過ぎ。戦時下にSPが首相を見失うはずがないからだ。
 最後の最後、下院議会でチャーチルが「断固戦う」と熱弁をふるう場面の素晴らしさ。オールドマンがアカデミー主演男優賞を受賞したのもむべなるかな。4分間にもなる口角泡を飛ばした大演説を見ながら、かつてのケネディの名演説も思い出した。わが国の情けない政治家たちには望むべくもないことだ。ああ。