デパ地下 今昔(こんじゃく)様変わり

 

 三越伊勢丹ホールディングスが新宿本店他で、正月休みを1日2日と連休にすると発表した。初売りは3日になる。それにつれて入っているテナントの店も休みということになり、私は、この休日増加に大賛成である。
 デパートといえば、長い間、週に1回は定休日があり、「今日は月曜だから三越は休み」とわれわれ顧客にも刷り込まれていたが、近頃では年中無休、いつでも夜遅くまで営業している。なんで週1の休みを設けないのか。働き過ぎだ。
 すべてが金儲けのためであって、のべつまくなしに店を開いていれば、”数打ちゃ当たる”と思っているのだろう。
 閉店時間も昔は夕方の5時とか6時だったのに、今は午後8時半とか酷いデパートになると午後9時まで営業している。働き過ぎだ。またもや西欧から「ワーカホリック」と非難されるだろう。
 遅い時間まで営業しているので、デパートの地下食料品売り場は、アフターファイブが大混雑である。まるで総菜屋と化した出来合いのおかず売り場に、働く主婦(?)とおぼしき女性が行列しておかず類を買っている。
 敢えて理由は言わないが、世も末である。
 私が銀座のOLだったウン10年前、デパートの食品売り場は「ダメ売り場」の典型だった。今や1流ぶっている銀座〇〇町目のXデパートも、食料品では魚屋が1軒しかなく、そこでは鮮度の落ちた切り身の魚が、申し訳程度に置いてあるだけだった。
 私は当時、都下のひばりが丘団地に住んでいて、夕方の閉店間際のXデパートに飛び込み、腐りかけ(失礼!)の切り身を購入して、それから1時間近くも地下鉄→西武池袋線と満員電車に揺られ、泣きそうになりながら帰宅する毎日だった。ハイヒールの脚が棒のように疲れた。
 食材を買って帰らないと、団地の近くに今のようなスーパーはなく、勿論コンビニもなく、個人商店は既に閉店した時間で、泣く泣くXデパートの不味そうな生魚を買わねば夕食の支度が出来なかったのである。
 「鮮度が悪くて品揃えも悪い」のがデパートの食材売り場の評価で、まだまだ個人商店の魚屋も八百屋も果物屋も健在だった。
 個人商店は今や見る影もなく、大スーパーやデパートが個人商店を駆逐して、巨大な出来合いおかずの陳列場となっている。
 下町の働く商店のおかみさんたちのために、ささやかにコロッケ屋が営業しているのとはわけが違う。あらゆるおかずを大量に作って、仕事を持つ主婦やOLが料理をする面倒くささをサボる手助けをしている。濃い味付けで、私は既製品のおかずを食べると辛すぎて喉が渇く。第1に、不味い。
 濃い味付けの既製品総菜ばかり食べさせられる子供は、デリケートな味覚が発達せず、思春期になってもハンバーガーやポテトフライのようなファーストフードを好む味覚オンチの大人に育つ。由々しき事態である。
 女権論者に非難されてもいい、わが子の将来を考えると、毎日出来合い総菜のお世話になるのだけはやめた方がいい。
 野菜だと面倒ならば茹でただけでいい。ラップにくるんでチンするだけでもいい。濃い味付けより、ほとんど調味料なしで野菜それぞれの味を楽しむだけでずっとおいしいのである。濃い味付けは野菜固有の味をなくして、総てのものが同じ醤油味になる。わざわざ不味い食べ方をしているのだ。
 一方、様変わりのデパ地下のメリットも当然ある。
 時間を気にせず夕方買い物に行けるので、頭を使って上手く利用する方法を考えればいいのだ。人間は浅はかなもので、ついつい好きなものだけ食べたがり、好きなものだけ買ってくる。それは上手い利用法ではない。
 出来合い総菜に頼っている人は、3種類買うとすれば、1品だけ普段は積極的に作らないし買わないものを入れるといい。例えば、和風の海藻の煮物とか、大根の酢の物、肉偏重の人は、思い切って焼き魚とか。
 親が料理上手でなかった人は、外食でも内食でも選択肢が貧しいから、苦手のものを1品選んで食べてみると、案外新しい発見があることもある。
 今のままでは出来合い総菜売り場のない田舎を除いて、大都会の日本人の味覚はおかしくなり、やがて全身体的にも精神的にも何らかの影響が出てくるに違いないとの偏見を私はもっている。
 街にカフェやレストランが立ち並び、外食全盛だと日本人が錯覚しているフランスは、お母さんたちが手作りする意外な国である。パリのカフェやレストランは、世界一の観光都市の観光客用のもので、パリジャンは、その日の早朝に焼かれて、その日に売り切るパンだけは店に買いに行くけれども、ほとんど毎日自分の家で料理を作る。
 左岸の有名なマルシェやデパートに既製品の総菜が売られていることはいるが、日本のように巨大な既製品売り場はない。フランスのおっかさんは家族のために添加物ナシの手作り料理を時間をかけて作る。
 東京のように面積が広くないヨーロッパの都市に住んでいる人たちは、通勤に時間がかからないので、すたこらさっさと自宅に戻り、自前の料理を食べる。
 彼らこそが本当のグルメである。
 別に私は日本人に対して自虐趣味でいっているのではない。ユネスコにも登録される素材を生かした和食の伝統があるこの日本で、まるで機械生産のような出来合い総菜ばかり買って食うのは、自ら宝物を放棄しているようなものだ。
 少なくとも、小さい人たちには濃い味付けの総菜は食べさせたくない。