コンクール報道部門の最優秀は山陽放送の『引き裂かれた家族~ハンセン病孤児たち 初めての告白~』という作品だった

 

    6月28日、熊本地裁は約90年に及ぶハンセン病患者の隔離政策によって、家族も深刻な差別を受けたとして、元患者の家族561人の損害賠償と謝罪を求めた集団訴訟の判決で、初めて家族への賠償を命じた。東京のニュースでも大々的に報道されたので、ご覧になった方も多いだろう。
 この判決に先立つこと2か月以上前の2019年4月10日に、山陽放送は48分間のドキュメンタリーを放送した。情けないことに、放送時間は深夜の0時55分から1時50分までの、ほとんど誰も見ていない時間帯だったが。
 それはともかく、内容はこの集団訴訟の原告団に連なったハンセン病患者家族たちの、世間に知られないように息をひそめて生活してきた筆舌に尽くしがたい苦労を追ったものであった。
 例えば、75歳の原田信子さんは、7歳の時に父親がハンセン病患者として強制収容に遭った。いわゆる「患者狩り」で、家は真っ白になるまで消毒され、布団や衣類は裏山で燃やされた。「強制隔離政策」は特効薬が出来ていたにもかかわらず続けられ、噂はたちまち広がり、母親は仕事をクビになり、信子さんに「死のう、死のう」と言い続けた。
 在日の黄光男さん(原告団副団長)は1歳の時、彼以外の家族全員が長島愛生園に強制収容された。彼は岡山市の育児院に預けられて、9歳の時に、また両親と生活するようになったが、その後、偏見からか両親は自殺。彼は在日のことを妻にも隠していなかったが、ハンセン病患者の家族であることは隠し続けて生きてきた。
 黄さんはイケメンの、60代とは思えない若々しい男性である。彼には、育児院の時に世話をしてくれた保母さんたちが、わざわざ50年ぶりに会いに来てくれた場面も出てきた。
 もっと非人道的な例もある。72歳の奥晴海さんは父親が病死した後、隔離されていた母親が恋しく会いたかったが、同じ場所には住めず、「未感染児童」というレッテルを張られた子供たちが収容される寮で、差別の中を生きた。しかも、健康体であるにもかかわらず発病予防のために注射を打たれていたという。
 沖縄の美しい晴れた空の下の海のようにと名付けられたにも拘らず、彼女のこれまでの人生は差別と偏見に苦しみ続けた毎日だったという。
 民間放送連盟賞という名のテレビ番組のコンクールの、中国四国大会に出品された山陽放送制作の報道部門最優秀賞に輝いた作品の概略である。
 地方の時代映像祭という団体のプロデューサーである市村元さんや、ジャーナリストの江川紹子さんたちと一緒に審査員をやったのである。
 山陽放送はハンセン病について40年間も追い続けてきた立派なテレビ局である。
 娯楽一辺倒になっている民間放送のテレビ局が、地道に執拗に追い続けて成果を上げた。ハンセン病の家族の悲惨が、ようやく28日の判決で勝訴して、患者の家族たちの苦しみの一端がほぐされようとしているのは、この局の報道の力も預かっている。
 過日、私はこの審査のために、東海道新幹線と山陽新幹線を乗り続けて新山口駅に降りた。
 朝、早い時間であったので、わが家の新聞は夫のためにポストに残したまま、JRの駅で朝日新聞を買って、列車に乗った。
 いざ、読もうとしたら、1面にデカい記事が出ていて、6月28日の熊本地裁の判決を不服として、国が控訴するという内容だった。山陽放送の『引き裂かれた家族』のDVDを審査し、高得点で採点表を報告してあったので1面の記事に釘付けになったのだ。
 ところが、新山口駅前のホテルに着いてみると、アレ?
 さっき車内で読んだばかりの記事が、大誤報としてひっくり返っていたのである。ネット上にすでに出ていた。
 ナニ? コレ?
 世紀の大誤報である。朝日新聞、またやったか!
 わが家は夫が某紙の名誉職員であるので、朝日新聞は取っていない。スポーツ紙は朝日系列の日刊スポーツを取っているが、中央紙は別である。
 他紙とはいえ、活字離れの今日、こんな誤報は情けない限りである。
 朝日新聞さん、しっかりしてくれよ。
 さて、今回、私は報道部門と教養部門の2部門の審査を頼まれ、事前にわが家で約40本のDVDを見た。正直、疲労困憊した。1度では完璧な評価は出来ないので、2度3度と見続けたら、さすがに頭がフラフラした。
 特に今年の中国四国の報道部門は、2018年7月7日の西日本大豪雨のドキュメントが多くあり、採点が難しかった。物によれば、同じ定点カメラやドライブレコーダーの映像が使われていて、甲乙つけ難いので閉口した。
 先述したように山陽放送作品が最優秀になったが、他にも優れた作品があった。
 私が一押ししたのは、山口放送の制作で、『水湧く里の憂鬱』という文学的な題名のドキュメントである。秋田県で居眠り官僚が問題にされたイージス・アショア配備計画の、もう1つの候補地にされている山口県阿武町の、反対運動を追っている。
 ここは水が綺麗で有名な穏やかで美しい町である。
 そこに突然、迎撃ミサイルの基地を建設したいと国が言い出した。地上配備型ミサイル迎撃システム=イージス・アショアを置くというのだ。当然、町民は大反対。声高でないのに、実に均整の取れた素晴らしいドキュメンタリーで、優秀賞を取った。
 最後に1本。4人の審査員のうち、私以外は皆が最低の1点しかつけなかったのに、私は秀作と評価して8点(満点は10点)をつけた、広島テレビ放送の『人情市場~消えゆく昭和の台所~』という作品である。
 紙幅の関係で詳しくは書けないが、大型ショッピングセンターなどの進出で、マンションが建てられることになった通称「タカノ橋こうせつ」という市場が、3月30日で閉鎖されるまでの密着ルポである。庶民の代表の肉屋さんの店員と社長、品質にこだわる魚屋さん、ら、街のオヤジさんたちと美人の客、住みついていた猫、過疎化によって滅びゆく庶民の『市場』の最後の日々を、明るいが哀愁を込めて描いた佳作であった。