クレーンで吊るされ、地上20メートルの空中で仕事をする『空師』、爽やかイケメンの匠に、この国の明日は明るいと確信した

 

 安曇野の別荘村に建てた温泉付きのセカンドハウスの庭に、林立している赤松の1本が松くい虫にやられた。上の方の葉っぱがなくなり、剥き出しの枝だけになっている。
 隣家から危ないからとご注意があって、大慌てで見に行ったら、確かに大木のテッペンの葉っぱが落ちている。
 何しろ敷地が150坪あり、周り中赤松だらけなので気がつかなかったのだ。
 〇〇〇〇開発という別荘地を管理している会社に問い合わせたら、親切にいろいろと教えてくれた。
 松くいというのは、ある年に、それまで大々的にやっていた松くい虫駆除の空中散布を、「人体に悪い薬の空中散布ハンターイ」という住民運動が起きて、取りやめたら、あっという間にそこら辺のすべての赤松に松くい虫が蔓延してしまったのだそうだ。
 枯れたままにしておくと倒木で危ないし、他の木にもうつる。
 市役所の何やら難しいナントカ課に電話したら、伐採費用の半分は補助金が出るとのこと。そこで、へ理屈だけは達者な私、言ってやった。
 「長野県の真ん中のあたり1面の赤松に松くいが発生しているとすれば、それは地域を管轄するお上の責任ではないのですか。なんで個々人が自腹を切って伐採しなきゃいけないのか納得がいきませんね」と。
 素朴な、聞くからに大人しそうなナントカ課の係りの人は、「確かにそうですね」とあっさり同意してくれたが、丸ごとお上が負担してくれるわけではない。
 それからが面倒くさかった。
 開発会社がネットで送ってくれたリストから3社を選んで伐採費用の見積もりを出してもらったら、これがビックリ仰天のコンコンチキ。
 素敵な社長が部下を連れて見に来たA社は『伐採費用、しめて64万円』!
 B社は『伐採費用、しめて38万円』
 C社は自社で大型のクレーン車ももっているので一番安くて『伐採費用、約20万円』
 以上のように3社で物凄い価格差があるのであった。たった1本か2本の赤松を伐採するのに64万円って!
 ボリ過ぎではないか。
 当然、1番安い会社に依頼した。何故なら、ホンのそこいら辺のお兄ちゃんという感じの茶髪の社長がきて、「契約書? そんなのいりません」と口約束だけで簡単だったから。
 しかし、日に焼けた顔からは自信と迫力がみなぎっていて、素朴な山の男らしい感じだ。
 リビングでお茶を出したが、伐採の日にちだけ決めると、風のように去っていったのだ。
 さて、約束の伐採日、朝8時の約束だったが、7時50分にはC社の人たちが皆でやってきた。私はてっきり3人位だろうと考えていたのだが、合計6人もの方々がいる。
 わがセカンドハウスの前は急な坂になっていて、その坂の上が隣家、伐採するべき赤松は、上の隣家ぎりぎりの所に生えている。
 だから、隣家のお庭から車を移動していただいたり、クレーン車は隣家の真ん前に傾斜を木屑で修正しながら設置したりしなければならない。ご迷惑をおかけする。
 設定が終わった直後、社長さんとクレーン車の運転手さんを除く4人のうちの1人が、頭には勿論ヘルメットやタオル、腰にはジャラジャラと7つ道具(?)みたいな小道具が色々ぶら下がったベルトを巻いて、クレーンで吊るされ、するすると空の上に昇って行った。
 それからが見ものである。手にもった電動鋸で虫食い大木の途中をバリバリと切断。枝も1本1本カットして、それを巧みに纏めて下におろす。本人は切らない大木の枝の股に跨り、両手で電動鋸を巧みに操り上から下へと赤松を切断してゆくのだ。彼は『空師』である。
 何が素晴らしいと言って、彼らは伐採すると同時に、松くいで枯れた大木を見事に同じ長さで切断して、揃えて纏めて、カラで用意してきた大型トラックの荷台に綺麗に収納してゆくのだ。これぞ林業に携わる人たちのプロ中のプロの技である。
 1人だけ空中にぶら下がってチェーンソーで大木を切ってゆく『空師』の青年とは、10時のお茶の時間に親しくお話が出来た。
 社長さんから、「彼は日本中で5本の指に入るこの道の達人なんですよ」と聞いていたので、私は彼に近寄って話しかけた。
 背がスラリと高く、日に焼けた美男子である。イケメン好きの私は「カッコイイ!」と言うと、彼も話好きと見えて、「僕、練馬区育ちなんですよ」。
 「この仕事がしたくて移住してきたんです」という。
 現在、46歳、この仕事がしたくて東京から移住してきたのは、男の子3人の3番目だったから(親に許してもらえた)のだ。40歳の時にこちらに家を建てて、現在、日本で5人の指に入る空師をやっている。わあ、息子と同年代!
 ニコニコして人懐っこく、肉体労働がキツイからなのか痩せていて精悍な感じがするが、話し方は優しい。あまり馴れなれしいのも気が引けるので、ご家族のことは聞かなかった。
 俳優のように素敵な名前の持ち主で、私はすっかりファンになってしまった。
 安曇野は日本一移住したい土地だと雑誌の特集にあったが、こんなに素敵な匠が住む場所ならば、もっとしょっちゅう来よう。切った木の周囲は161センチ、高さ22メートル。
 東京生まれ東京育ちの匠が、わざわざ移住してきて、危険な『空師』として自然と格闘している日本は、まだまだ捨てたものではない。
 最初は別荘なんて金食い虫だとブツブツ言っていた私だったが、赤松が虫に食われたおかげで、こんな素敵な青年と知り合えた。
 5人を束ねて差配していた茶髪の社長さんも、こういう土地にしかいないプロの匠(ちなみに彼も『空師』の資格を持っている)。
 コンクリートジャングルの東京にしか生息していない私は、こういう人間力に溢れた人たちと中々巡り合えない。お金はなくなったが、得るものが多かった伐採の顛末である。