ギャンブル依存はどうやったら治るか?或いは、治らないか?

 

 毎日新聞の「くらしナビ」という家庭欄に『人生相談』欄がある。3月20日の同欄の回答者は作家で評論家の高橋源一郎さんであった。
 質問内容は37歳の息子がギャンブル依存症で、67歳のお母さんからの、「ギャンブル依存症 抜けさせたい」という相談ごとであった。
 この依存症息子さんには妻と2人の子供がいる。
 私は新聞や雑誌に載るこうした身の上相談には余り関心がない。
 何故なら、質問者の、「人に読まれるのを意識した」文章にどうも臭さを感じて、「自分で考えろ」と突っ込みたくなるからである。
 しかし、今回は、ギャンブル依存症息子の対処法に関する高橋源一郎さんの回答に、いたく感心してしまって一気に読んだのである。
 そもそも高橋さんは大学も中退していて、その後、さまざまな職業について人生経験豊富な人である。ちょうど学園紛争で東大入試がなくなった年に高校を卒業したとかで、京都大学受験は失敗、横浜国立大学に進学したが、学生運動の活動家になり、凶器準備集合罪で逮捕、起訴された(ウィキペディア引用)。
 臭い飯を食って後、約10年間、肉体労働に従事し、大学も除籍になる。
 その後、私が見たネット情報では、たまたまテレビで見た競馬にハマったのだそうだ。つまり、ギャンブル依存(?)の先輩だ。
 高橋さんを私は1度だけ見たことがある。新潮社が主催している文学賞の贈賞式で、高橋さんが選考委員を代表して講評を述べたのであった。
 私より年下なので、ずっと若い方だと思っていたら、すっかり白髪頭の男性だったので、びっくりした。訥々としたお話しぶりであったように記憶する。
 さて、『ギャンブル依存 抜けさせたい』という人生相談の質問の要旨は、「息子は10年ほど前からギャンブル依存。最初はパチンコ、今はネットで競馬。嫁と子供が2人いる。依存を断つために入院し、退院後もミーティングに行くがよくならない。親にウソをつき金を貸せと言う。戻ってこない。甘やかしすぎたのは確か、どうしたらいいでしょう」という内容である。
 こういう質問に対しての回答はだいたい決まっている。
 家族や友人が温かく見守り、追い詰めないこと。孤独にさせないこと云々。
 高橋さんの回答はまるっきり違っていた。
 「ギャンブル依存症の経験者として答える。
 ギャンブル依存の患者は、ギャンブルの何に惹かれるのだと思うか。
 理解しがたいかもしれないが、実は徹底的に負けることなのである。
 負けて負けて負けて死に近いところまで行くこと。それが彼らの(無意識の)願望だ。そこまで追い込まれ、ぎりぎりのところで死から生に戻ってくる。
 その、1回1回の激しい感情の揺り戻しこそ、ギャンブルの底知れない魅力である。
 それほど深く人間の感情を揺さぶることができるのは、他には、恋愛か優れた芸術だけなのかもしれない。
 結局、生に戻ることができず、ついには自ら命を絶った者たちが、わたしの周りにも何人もいた。
 奥さまには離婚を勧める。弁護士に相談し、直接、彼の給料から養育費を天引きしてもらう。両親も彼に金を貸してはならない。
 そうしたなら、彼はあらゆるところから金を借り、ついには会社の金を使い込んででも、ギャンブルをし続けるだろう。
 すべてを完全に失い、社会的制裁を受けるかもしれない。その慟哭、社会的死だけが、ギャンブルという死の情動から逃れるチャンスを彼に与えることができるのだ」と。
 要するにギャンブル依存症は治らないと高橋さんは言っているのだ。
 ひぇーっ。
 体験者にしか出せない言葉である。
 回答文に文学的香りを感じたからではなく、私は全く知らない世界を覗いた気持ちになったのである。
 私もギャンブル好きで、博才もあり、ヨーロッパでは本場で賭け賭博もやった経験があるが、そんな可愛いものではない。本当のギャンブル依存は、暗くて深―い穴を覗き込んだような恐ろしさで、それが、高橋さんの回答から読めたのである。
 カジノ法案の顛末で、依存症がどうたらこうたら議論していたが、この高橋さんのような見方の出来る議員は、おそらく1人もいまい。
 1日中、カジノに居座る人間が出てきたら?とか、家の金を持ち出して家計破綻をきたしたら?とか、みんな机上の常識論ばかりである。ギャンブル依存の正確な解説さえもできていないように見える。
 だからといって、私はカジノ法案をやめろとも思わないし、IR実施法案反対でもない。
 毎日新聞の相談者のような、地獄を見た家族が一定数出てきても、それはこの人間社会の避けられない闇の部分であって、仕方がない。過保護にギャンブル依存症を発生させないためにとカジノをやめても、別の世界で身を亡ぼす人は山ほどいる。
 高橋源一郎さんには、依存症であった時代のおのれを、もっと詳しく分析して書いてもらいたい。
 その深層心理には興味がつきない。