オリヴィエ・メシアンの『時の終わりへの四重奏曲』を聴きに行ってきた

 

 第2次世界大戦中、ドイツ軍の捕虜となっていたフランスの高名なピアニストで作曲家のオリヴィエ・メシアンが、同じく捕虜になっていた他楽器の人たちと演奏するために、収容所内で室内楽曲を作曲した。
 それが『時の終わりへの四重奏曲』(Quatuor pour la fin du temps)であるが、この日の演奏家たちは「アンサンブル・ヴァガボンズ」という世界中で活躍する名手たちによるアンサンブルである。
 雨がときどき激しく降る秋の夜、地下鉄の有楽町線で豊洲駅まで行って、その上にある豊洲シビックセンターホールという新しい会場で聴いた。
 私は近頃、猛烈に忙しくて、チケットは買ってあったが、コンサート内容についてあまり事前に勉強しないで行ったので、ビックリ仰天。
 物凄く驚いたのである。ただの室内楽曲ではなくて、一片のドラマを見るような、素晴らしく内容の濃い物語性のある8楽章からなる室内楽曲だった。
 ヴァイオリン(原田陽)、クラリネット(柴欽也)、チェロ(山澤慧)、ピアノ(本田聖嗣)、語り(清水梢)の5人が出演メンバーである。
 メシアンの『時の終わりへの四重奏曲』の前には、ベートーヴェンにしては明るく可愛らしいピアノ三重奏曲の『第4番、変ロ長調 街の歌』が演奏されたのだが、この選曲も意味があって、当時、収容所内で演奏されたからであった。
 メシアンは第2次世界大戦中、ゲルリッツというドイツ最東端の街のナチスドイツの第8A捕虜収容所に収監されていた。
 このゲルリッツは、私がこのエッセイの初めの方で書いた、強烈に面白い映画、『グランド・ブダペスト・ホテル』のロケ地になった世界で最も美しいといわれる街である。
 現在はゲルリッツの町のシンボル的なペーター教会の傍にナイセ川が流れていて、その川を渡るとズゴジェレツというポーランドの町になっている。ここにメシアンたちが入れられていた収容所の跡があるのだ。
 要するに、歴史の彼方に消えゆく運命の収容所跡である。
 その収容所はアウシュビッツなどと違い、自国のユダヤ人を収監する施設ではなくて、敵国の捕虜たちの収容所だった。連行された兵士たちはフランス、ベルギー、イギリス、ポーランド、ユーゴスラヴィアなどと国別に収容されていた。彼らはある程度自主的に生活の運営を任されていたというが、厳しい監視の下であったことは言うまでもない。
 メシアンがフランスで高名な音楽家だということがナチスの高官に伝わると、彼らはメシアンのために筆記道具や五線紙を与えてくれて、ピアノも運び込まれ、四重奏曲の初演の前には、日に4時間の練習時間が許可された。
 こういう話を聞くと、私はつくづくヨーロッパ・キリスト教社会とわが国との違いを感じてしまう。わが国では「神に捧げる宗教音楽」でも、女子供の「娯楽(今はエンタメという)音楽」でも全く同じ扱いである。
 かの、極悪非道なナチスドイツの将校が、クラシック音楽の作曲家・演奏家と聞いて、メシアンのために五線譜を用意したとは、ある種の感動を禁じえない。
 そのおかげで、歴史に残る傑作四重奏曲が生まれたのである。
 同じ収容所にいたエチエンヌ・パスキエ(チェリスト)は、収容所の料理番をやらされていた。
 クラリネット奏者のアンリ・アコカは収容所から何度も何度も脱走を試みて、最後は移動の途中の列車から飛び降りて気絶したという。結局はまた捕まったのだが。
 『時の終わりへの四重奏曲』はヴァイオリンのジャン・ル・ブーレール、クラリネットのアンリ・アコカ、チェロのエチエンヌ・パスキエと作曲者でピアニストのオリヴィエ・メシアンという編成で、第2次世界大戦下の収容所で初演されたのであった。何という感動的な物語であろうか。
 時は第2次世界大戦中の1941年1月15日、気温マイナス20度もの寒さの中で、傑作四重奏曲は初演されたのである。
 さて。
 ステージでは照明が入り、ソプラノ歌手でもある清水梢が物語り始める。
 第1楽章は『水晶の典礼』・・・全員
 第2楽章は『時の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ』・・・全員
 第3楽章は『鳥たちの深淵』・・・クラリネット・ソロ
 第4楽章は『間奏曲』・・・クラリネットとヴァイオリンとチェロ
 第5楽章は『イエスの永遠性への賛歌』・・・チェロとピアノ
 第6楽章は『7つのトランペットのための怒りの踊り』・・・全員
 第7楽章は『時の終わりを告げる天使のための虹の錯乱』・・・全員
 第8楽章は『イエスの不滅性への賛歌』・・・ヴァイオリンとピアノ
 70分を越える超大作であった。
 全員がプロ中のプロで上手かったが、格別にピアノが美しかった。小さなパンフレットには、ヴァイオリニストの原田陽が、このコンサートのために、わざわざゲルリッツ捕虜収容所跡を訪ねてルポを書いている。
 そこからのディテールを引用させてもらった。
 11月6日、雨の夜のコンサート会場は満杯の半分もお客が入っていなかった。勿体ないこと夥しい。ガキ・エンタメでは武道館が一杯になるのに、歴史と音楽という得難い勉強ができるこうしたコンサートには、通の人しか足を運ばないとは、情けないわが文化後進国であることよ。