エリートの挫折に今も昔もない(その2)

 

(承前)
 前回、電通元社員の高橋まつりさんが過労自殺した事件関連で、私のかつての同期生の女性の自殺について書いた。どちらもエリートの挫折という共通項があったからである。
 今回は、さらに別の女性の例も述べてみたい。
 Sさんは私と教養課程でのクラスが一緒だった。(その1)で書いた日比谷高校から来た才女のことである。彼女は一浪していたが、色白細面でいつもニコニコ笑っていて、秀才ぶりをひけらかしもせず、ごく普通の女の子に見えた。一浪したことの他には挫折らしい挫折もなく順境で育ってきていたようで、家庭環境は知らないが、何の問題もない女性だと私は思っていた。
 大学を卒業後、私はSさんとは接点がなかった。私は銀座のOLになり、Sさんが就職したのかしなかったのかさえ知らずに過ごした。なぜなら、本郷の専門課程に進学してから付き合いがなかったからである。
 私のOL時代はたった4年間で、私は結婚し、その後、物書きになった。
 (その1)で書いた、電通始まって以来、最年少で局長になった大秀才のM君から、ある時、思いがけなくSさんの消息を聞いた。SさんがM君の会社(つまり電通)に現れて、お金を無心したというのだ。何か、ボロボロの布をまとったようないで立ちをして、「お金を貸してほしい」と懇願されたという。
 細部は忘れたが、その後も何度かSさんはM君のデスクにやってきた。
 「困るのはねえ、僕がいない時にやってくると、部下たちからも借金してゆくことなんだよ」と優しいM君は暗い顔をして言った。
 苗字が変わっていなかったから、Sさんは結婚もしていなかったのだ。
 それからまた数年して、私はSさんの訃報を聞いた。
 入水自殺だったという。
 訃報を聞いた時、私は絶句した。女の少ない大学の同期生のうち、2人もが自殺したのである。どちらも、眩しいような成績優秀学生で育ってきて、社会に出てから挫折が待っていた。
 ポキポキと2人とも自らの命を折ってしまった。勿体ない。
 国立大学だから、授業料は払ったが、その他に多くの官費で我々は育ててもらってきたのである。社会に恩返しもしないで、自死するとは申し訳ないことである。亡くなった本人はともかく、親や家族たちを悲しませて、1人で逝ってしまうなんてけしからん、と私は思う。
 挫折知らずで育ったエリートがひ弱なことは今も昔もおんなじなのだ。
 人生、そんなにいつまでも思い通りにいかないことぐらいわからないのか。
 「立ち高のマドンナ」と呼ばれ、立川高校から現役で合格して、後に東芝社員と結婚・離婚して、自殺してしまったNさん。
 日比谷高校から一浪で合格して、後にホームレスのような姿で同級生の会社に現れ、金を無心して、数年後入水自殺してしまったSさん。
 私の中では2人とも、若い頃のニコニコ顔しか残っていない。
 ところが、ところが、である。
 つい先週、思いがけないところで、Nさんの、私の知らない側面を聞いたのである。新年会で友人たちが集まった場所であった。
 若い頃以来の親友と言えるYY君から、びっくり話がでたのである。
 まだ彼が大学入学したばかりのガキの頃の話である。YY君のお父様は超有名な数学者で、学術界の有名人であった。
 そのお父様から、ある日突然、縁談ばなしをされたというのだ。まだハタチ前だったYY君は「全然考えられないよ」と答えたら、お父様も「そりゃそうだよな」とあっさり引き下がってくれた。
 縁談の相手というのが、お父様と帝大の同級生だった人の1人娘で、これがなんと、「立ち高のマドンナ」Nさんだったのである!
 「その頃、俺は縁談なんて考えられなかったから、断ったけど、向こうの親御さんも気が早いね」とYY君は大昔の話なのに、うっすらと頬をピンクに染めて苦笑いした。
 「へーえ、ぜーんぜん、知らなかったわ。貴方今日まで1度も言わなかったじゃない」と私は心底ビックリして、まじまじと友人の顔を見た。Nさんが私にくっついていた頃に、毛ほどもそんな雰囲気はなかったからだ。
 「これで分かった。Nさんはご家族の掌中の珠だったのね。ハタチ前から親が縁談を画策するなんて、私じゃ考えられない」と私は言った。4人兄弟の末っ子に生まれて、ずっとほっぽっておかれた私のような付録みたいな子供からすれば、Nさんは過保護もいいとこで、親の過保護が子供を挫折に弱いひ弱な人間に育ててしまったのではないかとも思ったのである。
 私は18歳から自立していた。縁談なんか考えてももらえなかった。親も年を取っていたので、何かしてもらうというよりは、自分の方が年老いた親をいたわる癖が、物心ついて以来ついていたからである。
 友人のYさんがNさんの実家にお悔やみに行って、玄関先で叩き出されたのは、そんな掌中の珠の喪失のショックが余りにも大きかったからだろうと、先週のYY君の縁談話を聞いてわかった。目から鱗が落ちた!
 高橋まつりさんの自殺から連想して、化石のようなわれわれ年代の実例を述べたが、エリートの挫折に今も昔もない。
 雑草で育った人の強さの方が、この生き難い世の中では〇なのかもしれない。