『ボヘミアン・ラプソディ』 イン 新宿歌舞伎町

 

 自慢じゃないが、私はロック・ミュージックに偏見をもっている。猛烈な音楽好きであり、耳が異様にいいことも客観的に指摘されているが、ロック・ミュージックだけは敬して遠ざけてきた。
 以前に書いたように、たまたま日本橋の丸善で、来日中の大スター、マイケル・ジャクソンに遭遇して握手をしたのが、唯一のロック体験で、コンサートに行ったこともなければ、自発的にテレビで聴いたこともなかった。
 ロックを「あれはタダの騒音公害だ」と公言している。ロック好きには袋叩きに遭いそうである。だけど、嫌なものは嫌なのである。
 それがどうした風の吹き回しか、ロック・ミュージシャンの伝記映画を見てしまった。
 毎週愛読している週刊文春の、Cinema Chart というページに新作映画のミニ批評が出ているのだが、11月15日号で『ボヘミアン・ラプソディ』を取り上げていた。これが凄い好評だったのだ。書き手が5人、その中の3人が☆5つで、残りの2人も☆4つ。
 つまり、大絶賛映画の証明である。
 映像批評を長く書いている者としては、この映画を見ないわけにいかない。
 チラチラと目に入る宣伝動画では、ステージで大音響のロック音楽が奏でられているだけで、私は義務として見に行くにしても、内心では「おえーっ」という思いだった。
 しかし、自分を叱咤激励して見に行ったのである。監督はブライアン・シンガー。
 よく行く新宿歌舞伎町のTOHOシネマズの第7館。月曜日なのにえらく混んでいる。と、思ったら、月曜日はナントカのサービスデーらしく、わいわいがやがやと安くなったチケットを端末で皆が買っている。私と同行者はシニア料金でいつもと同じ値段である。
 端末画面に指定席の混み具合が出てきたのを見ると、ほとんど席が埋まっている。
 ほほう、当たっているナ。
 そういえば早朝の「めざましテレビ」で映画ランキングの1位と出ていたっけ。
 相当大きな7館の端の端が2つ空いていて、あとは満杯。端の方で見たので、少々画面がいびつだった。開幕一番、大音響である。耳栓を持ってくるんだった。ちょっとだけ見に来たことを後悔しかかったが、すぐ画面に引き込まれた。
 ロックバンド・クイーンのボーカルを務めるフレディ・マーキュリーを演じるラミ・マレックの反っ歯に惹かれたからである。「お前、歯を治さないのか」といわれると、(反っ歯で)口腔内が広いので、あらゆる音域が歌えるという風なヘラズ口を叩くところが面白かった。瞬間にフレディという主人公の性格が窺がえる。
 リード・ボーカルがいなくなったバンドに自分を売り込みに行ったフレディは採用されて、ロックバンドの一員となる。後に有名なクイーンと名付けられる。そこからは階段を駆け上がるように大ヒットを飛ばし、スター街道まっしぐら。
 TOKYOやOSAKAにもツアーに行ったと画面に描かれる。日本に来たのはハワイ経由で1975年だそうである。私は子育て真っ最中だったから、クイーンという有名バンドが来日したニュースさえも記憶にはない。プログラムによれば、羽田空港に1,000人以上の女性が集まって歓迎したから、フレディたちも吃驚仰天したのだそうだ。
 そこから映画はフレディの恋を描く。メアリー・オースティン(ルーシー・ポイントン)という優しい女性と恋をして、婚約指輪まで交わすが、実はフレディは肉体的に女性を抱けない性癖を持っていた。つまり、ゲイだ。
 映画はツアーで成功、成功というトーンから暗転する。メアリーという優しくて知的な女性とは同居できず、フレディの部屋から外を見上げると、隣の上階にメアリーの部屋があって、夕暮れ時に、スタンドの明かりを点けたり消したりして合図し、意思の疎通をしていた。哀しい愛の成り行きである。
 性的な嗜好について、かつてある音楽家から聞いた話では、母親が妊娠中に、嫁姑問題とか家族間のトラブルとか、何か鬱屈に悩まされて過ごすと、生まれた子供が男の子の場合ゲイになるという。その音楽家は母親とその姑(父方の祖母)の仲が悪く、その結果、生まれた自分がゲイになったのだと真面目な顔でいい、夜な夜なそういう町に繰り出していた。勿論、結婚していない。これも私はどこかで書いたように記憶する。
 フレディはバンド仲間とも折り合いが悪くなって、1度は独立してソロ歌手を目指すが、最後は世界的な大イベント、エイズ撲滅のチャリティ・コンサート、『ライヴ・エイド』での爆発的な21分間の爆奏になだれこむ。
 私が興味を惹かれた場面は、ラジオ出演について議論するシーンである。楽曲が6分間もあって、PだかDだかマネジャーだったか忘れたが、「長すぎる」と言った。ラジオで軟派の音楽をかける時は3分が限度なのだろう。でも曲は6分もある。
 ところが曲が始まってみると長さなんか問題にならない傑作で、6分のまま放送されたのであろう。この場面を見ながら、私はエディット・ピアフのヒット曲や、美輪明宏の『よいとまけの唄』を思い出してしまった。長くたっていいものはいいのだ。
 先述したように、ロック・ミュージックを「ただの騒音公害」と考えていた私の偏見を取り下げる。この映画で演奏されたクイーンのヒット曲たちは、それぞれに音楽性が豊かである。フレディが大フアンだったというスペインのオペラ歌手、モンセラート・カバリエ(これは英語読みで、本当はモンセラ・カバリエと呼ぶ)との共演CDも聴いてみたい。
 何故なら、私が親しくして頂いていた世界的ピアニストの故アレクシス・ワイセンベルクさんが、モンセラ・カバリエと共演したレコード(!)は、今や私の宝物の1つであるからだ。『ライヴ・エイド』の爆奏でバンド仲間とも復活したが、やがて、フレディの人生は暗転する。エイズに罹って、わずか45年の生涯を閉じた。時に1991年のことだった。
 声はフレディ・マーキュリー(本名・ファルーク・バルサラ)本人のものが使われている。当時からのバンドのメンバーであるギタリストのブライアン・メイとドラマーのロジャー・テイラーが音楽の総指揮に当たった。
 耳には少々辛かったが、久しぶりにエキサイティングな快作映画を鑑賞した。拍手。