『母をたずねて三千里』よりも悲しい赤ちゃん取り違え事件

 

 息子が5歳の時、マイコプラズマ肺炎に罹った。幼稚園のお友達はみんな元気に遊んでいるのに、何でうちの子だけがこんな病気になったんだと悲しかった。入院したのはお茶の水にある順天堂大学医学部付属順天堂医院だった。
 高熱が出ていたので、入院した直後から小さく細い息子の首まわりや脇の下に、氷の氷嚢みたいのが挟まれ、解熱させるために体中が冷やされた。
 恐らくこの病院は幼児には薬を出来るだけ使わない方針なのだと思った。
 しかし、息子が余りにも寒そうで可哀そうで、先生がいなくなるとすぐ、私は脇の下の氷嚢だけは外してやった。
 誠実で優しい男の先生が主治医だった。確か1週間ぐらいで退院できたと思う。以後、彼は入院するような病気になったことはない。
 この経験から私はこの病院に好意を持っていた。
 それからウン10年が経った。
 数年前のことである。私は年齢のせいで白内障になった。かかりつけの某大学病院ではなく、白内障の手術がうまい病院はどこかと調べてみた。
 2つの病院が候補に上ったが、その前に以前から好意を抱いていた順天堂の眼科に行ってみることにした。
 予約をして、当日眼科の待合室に行った。有名医師の河のつく先生だったと記憶している。
 診察室に呼ばれたのち、私はてっきり自覚症状とか視力の検査とかがあるものだと思い、お腹の中で聞かれた場合の答えを反芻しながら待っていた。
 やがて順番が来て先生の前に座った。私は彼に目を診られるのだと思ったが、全然その気配がない。それどころか、医師は私の顔も見ずに、いきなり、「個室だと1日4万円」と言ったのである。
 患者の患部の診察もせずに、差額ベッド代をのたまう先生に私は初めて遭遇したのだ。こりゃ駄目だと思った。
 順天堂医院は変わってしまったのだ。金儲け主義なのか、流行っているからタカビーなのか。普通、新患々者の患部も見ないで、入院の差額ベッド代を医師が宣言するか?
 こんな病院で目の手術なんかまっぴらごめんだった。
 私は医者の前から「失礼します」と断って、風のように帰ってきた。
 数日後、私は別の病院に入院し、両眼の白内障手術をし、人生観が変わるくらいの視力を回復した。その病院では個室に入ったが、1週間近い入院費用が手術代も含めて、たったの15万円弱であった。
 今回、私は何をいいたいかといえば、週刊新潮が3週にわたってスクープした、順天堂大学付属順天堂医院での、新生児取り違え事件について、さもありなんと思っていることについてである。
 現在51歳のA氏は、小学校入学時にB型の両親から生まれるはずのないA型の血液型であることが判明し、母親は病院に掛け合ったが冷たい対応しかされなかった。母親は3度も病院を訪ね、その都度「だったら訴えろ」と追い返された。
 両親はこれが元で離婚に至り、母親は精神まで病んた。
 A氏は自分が母親と似ていないことや、去って行った父親に冷たくされたことや、母親が再婚した継父に弟と比べて差別的に扱われたことで、いつも違和感を味わいながら成長した。
 折角合格した都立高校も家が貧しいという理由で入学出来なかった。つまり、彼は辛酸を舐めて成長したのである。
 2015年に、母親の姉がいる介護施設で、自分もいつこうなるかもしれないと思った母親が、A氏に自分の子ではないかもしれないと打ち明けた。DNA検査の結果も親子関係は0パーセント。以後、彼は赤ちゃんの時に取り違えられた順天堂医院に掛け合うことになる。
 A氏の願いは、「ただただ、本当の両親に会ってみたい」ということだけ。ところが、名刺も出さない失礼な対応をした病院側は、金銭で解決したA氏に対し、「相手が平穏に暮らしているかもしれないので、教えられない」の1点張り。
 A氏が生まれた時に院内にいた新生児は24人、そのうち、彼と同じ日に生まれた男の子は、15分違いで生まれた1人しかいなかった。つまり、明々白々に対象の男の子はわかっているのだ。
 51歳とはいえ、この方が本当の親を恋しいと思う気持ちは痛いほどわかる。『母をたずねて三千里』とは違い、この狭い日本のどこかに、自分を産んでくれた実の母がいるのに会わせてもらえないなんて、悲し過ぎる。しかも男性は51歳、お母さんは80歳前後とすれば、生きているかどうかも心配だ。
 だが、順天堂医院は51年前に自分たちが犯した過失であるにもかかわらず、誠実な対応もせず、A氏を本当の両親に会わせないどんな権利があるのか。
 昨日のニュースでは、A氏と家族が厚生労働省と日本医師会に、原因の検証を求める要望書を出したという。
 だが、私はもっと素朴に、51年前に順天堂医院で生まれたB氏が、これらの報道を見聞きして、「もしや」と気が付かないのかと不思議でならない。B氏の血液型がA氏の本当の両親と矛盾していない場合も考えられるが、体型や性格、足の指の形などで、B氏の方だって違和感はなかったのか。
 わが息子より、ほんの少し年上のA氏が「母恋しい」と思う気持ちを忖度(!)すれば、私は胸がつぶれる。公機関がどうかしてあげられないものだろうか。