クロード・ドビュッシー(フランス)の没後100年。そのトリを務めるユニークなコンサートが近づく

 

 ドイツものと違って、フランスのクラシック音楽はどうもね、とっつきにくいと言う人でも、ピアノ曲の「月の光」や「亜麻色の髪の乙女」を知らない音楽好きはあまりいないだろう。
 CMでもよく使われているので、どこかで聴いたことがあると思う。
 これらの曲はみんな大作曲家、クロード・ドビュッシー(1862-1918)の作品である。彼は人気曲「ボレロ」などで有名なモーリス・ラヴェルと共に、フランスを代表する2大作曲家の1人である。
 今年はそのクロード・ドビュッシー没後100年で、あちこちで没後100年を記念するコンサートが開かれたが、年末に近づき、大トリとも言うべきコンサートが11月18日(日)の午後2時に開かれるので紹介したい。
 タイトルは『サロン・ド・ドビュッシー』である。
 タイトル通り、パリのコンサートのようにサロンで行われる。
 日本のクラシックコンサートでは、近頃、巨大なホールで巨大なオーケストラが並んで、大音響が鳴らされる。それとは好対照のサロン音楽である。
 西欧で生まれたクラシック音楽は、元々は小人数のサロンや小ぶりの教会などで、演奏家の声が間近で聴ける空間で演奏されていた。パリでは今でもサロンや富豪のリビングなどでも開かれている。オペラは別だが。
 『サロン・ド・ドビュッシー』は正にパリのコンサート同様に、小規模の空間で開かれる。
 演奏曲目はオール・ドビュッシー。
 演奏する人たち5人のうち、3人までが、ドビュッシー自身が卒業したパリ国立高等音楽院の卒業生である。
 ピアノの本田聖嗣、藤原亜美、フルートの瀬尾和紀。加えてヴァイオリンの伊藤亜美、彼女は毎日新聞とNHK共催の日本音楽コンクールの優勝者である。それとソプラノの清水梢が朗読で加わる。
 曲目は2つのアラベスク
    シランクス(朗読付き)
    牧神の午後への前奏曲
    6つの古代墓碑銘(朗読付き)
    前奏曲集より
    交響的素描「海」
    ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
 極め付きのドビュッシーまみれだ。
 ドビュッシーといえば遠い国の知らない作曲家と思いがちだが、彼は作曲家であると同時にピアニストでもあったので、日本人の意外な人が彼の演奏を生で聴いている。
 それは文豪の島崎藤村である。へえー。
 藤村は1913年(大正2年)に新橋を出発して、神戸港からフランス船のエルネスト・シモン号に乗ってフランスへ行き、1916年(大正5年)7月に帰国している。3年間のパリ滞在だった。
 藤村は元々西洋音楽が好きだったので、ヴァイオリンをかじったり、上野の音楽学校(今の東京藝大)専科に入学してピアノを学んだりしていた。
 だから、パリ滞在中に1度目はシャンゼリゼ劇場で、ドビュッシーが指揮するオーケストラを聴き、2度目は1914年の土曜の夜にサル・ガヴォー(音楽堂)でドビュッシーのピアノ演奏を聴いている。
 島崎藤村が書いた書物でこれらのことを私が読んだのではなくて、『藤村のパリ』という、高名な仏文学者・河盛好蔵さんが書いたまことに興味深いエッセイで知った。今もこの本を保管、愛読しているのである。
 ところが、こんなに貴重な本(新潮文庫)を、出版元の新潮社は絶版にしたのよ。勿体ない! わかってない!
 さて、藤村さんはドビュッシーの生演奏で何を聴いたのか。
 バルドオ夫人という歌手の人の伴奏もやり、有名な「チルドレンズ・コーナー」つまり、日本語訳では『子供の領分』の可愛らしいピアノ曲を聴いて、藤村はいたく気に入った。
 『子供の領分』は2番目の奥さんが産んだ愛称・シュシュちゃん(クロード=エマ)というお嬢ちゃんを溺愛していたドビュッシーが、愛する娘(たったの3歳だった)に献呈して作曲したものである。
 可哀そうにシュシュちゃんはドビュッシーが僅か55歳で亡くなった翌年、たった14歳で、パパの後を追うように死んでしまったのであるが。名曲は残った。
 さて、『サロン・ド・ドビュッシー』については、マネジメントの東京コンサーツのホームページをご覧ください。
 http://tocon-lab.comで案内していて、ネットで申し込みもできる。
 11月18日(日)といえば秋も深いので、夜よりもアフタヌーンコンサートの方が参加しやすい。東京コンサーツ・ラボの電話は03-3200-9755番。
 一流の音楽家5人によるドビュッシーまみれの午後を楽しみたい。
 ところで。
 私も行ったことがあるサン・ジェルマン・アン・レーのドビュッシーの生家は、今、1階が観光案内所になっていて、2階以上が記念館やコンサートスペースとして保存されている。芸術の国フランスならではの心配りである。