落選、落選、また落選 わっはっはっはっは!

 

 見事に落選いたしました。
 当選するつもりでいたから、笑うしかない。
 もちろん、東京オリンピック・パラリンピックのチケット申し込み抽選のことである。5月にややこしい手続きを踏んで、IDを決め、この日、6月20日を心待ちにしていた。私は以前にも1度書いたが、1964年の東京オリンピックの時に、銀座のド真ん中のOLだったし、住んでいた四谷若葉町が国立競技場の近くだったにもかかわらず、全く会場に入る手立てがなく、恨みに思っていて、今度こそ、絶対にチケットをゲットすると50年間願い続けてきたのだ。いつまで元気に生きているかわからないし、冥途の土産だと思っていた。
 だから、真っ当にPCでチケット申し込み手続きをし、今日を心待ちにしてきたのである。
 私の申し込んだ種目は、開会式と水泳のシンクロナイズド・スイミングと、野球の3種類。それぞれ家族5人分ずつ申し込んだのである。競争率が高そうなのばかりで、考えてみれば当たるはずがないわね。
 6月19日の深夜、いつも寝るのは午前零時半頃なので、「あれ、ひょっとしてもう抽選がわかっているかもしれない」と思い、ベッドでスマホをいじってみた。12時を過ぎても、待機の文章しか出ず、そのまま寝てしまったので、朝になって、今度はPCを開いた。
 朝食の支度をしながら、台所とデスクとを行ったり来たりして、PC画面を見る。
 『公式チケット販売サイトへ順番にご案内しております。ただいま、チケット販売サイトの混雑緩和を目的に、順番にご案内しております。・・・中略・・・なお、ご案内開始から60分間は並ばずにお手続きいただけます。・・・中略・・・チケット販売サイトの混雑緩和にご理解とご協力をお願いします』
 とあり、その下に帯の空間があって、ちっちゃな人影が左から右へと歩いている。つまり、この人影が右の端に到達したら手続き画面に移るのだろう。
 最初、『ご自身の前に並んでいるユーザ数: 16・・・、見積もりのお待ち時間:60分』と出たのだ。この時点で時計は7時15分前(6時45分)ぐらいだった。
 「あと1時間で手続き画面になるわよ」と私は家族に言い、また台所に移動。野菜を切り、目玉焼きを焼き、ポットに入れるお湯を沸かしつつ、オーブントースターでパンを焼く。また、デスクに走る。
 しばらくして、画面の数字が速く動き出し、帯の中のミニ人間が大分右に動いてきた。この時点で、『ご自身の前に並んでいるユーザ数:140485。見積もりのお待ち時間: 40分』と出た。
 「うわあ、人形の動きが速くなってきたわよ」最初の計算では8時15分前まで待たなきゃいけなかったのに、あと30分ぐらいで到達しそうである。
 当初の計算では長く待たされると思っていたのに、繰り上がり繰り上がりで、結局、7時24分に帯の中のミニ人間は右端に到達し、私は「詳細」をクリックして「マイチケット」を目の当たりにしたのである。ラッキー。
 「うわあ、いったぞー」と万歳する。
 いそいそと画面を開く。
 目に飛び込んできたのは、みーんな薄墨みたいな薄い色の文字ばかりで、『水泳・落選。開会式・落選。野球・落選』と全部が討ち死にでありました。
 わたしゃ、平家の落人か! 頭に来た!
 もう、がっかりのがっかり。食欲もなくなった。
 夫は涼しい顔でパクパク食っている。こんな手続きやら手配やらはみんな私がやるので、落選の腹立ちまぎれに、「ねえ、なんとかゲットする方法はない? 次なる方法を貴方も考えてよ」と聞いても馬耳東風の巻。
 次は先着順で売り出されるそうだから、その日を待ってまた我慢我慢!
 めちゃくちゃ高い席を申し込んだら、当たったのだろうか。
 さて、チケットの落選を考えたら、またイライラするので、東京2020に関して楽しい別の話をしよう。
 明日から安曇野のセカンドハウスに行くので、今日、美容院に行ったら、分厚い雑誌を数冊、私の前においてくれてあった。その中の1つの表紙が、バスケットの八村塁くんの全身写真である。お父様がベナンの方でお母様が日本人とか。表紙に出るのはスターだからだろう。身長204.5センチ(うわあ、私より50センチも高い)で、今はアメリカのゴンザガ大学の学生である。この青年が、なんと私と同じ誕生日(2月8日)なのだ。親近感がわく。2月8日の人はあまりいなくて、故ジェームス・ディーンが同じであった。
 塁くんは高校まで日本育ちなので、もちろん日本語はペラペラだ。
 彼だけでなく、先日、100メートル走で9秒台を出したサニブラウン・アブデル・ハキームくんは、お父様がガーナ人で、彼もやっぱり日本語がネイティブである。他にも、ケンブリッジ飛鳥くんやテニスの大坂なおみちゃん、黒人系の優れた日本人アスリートが次々に出てきた。東京オリンピックが楽しみである。
 変なことを書くが、私は彼らの中で、全くのネイティブ日本人に聞こえる上手な日本語を操るアスリートに関心があるのだ。小さい時から日本で育っているのだから、日本語ネイティブは当然なのだが、例えば、9秒台を出した時のサニブラウンくんの答え方を聞いて、彼の背の高さや目鼻立ちから、およそ日本人のDNAが入っているように見えなかった。その青年の言い回しやボキャブラリーが丸ごと純日本的なのでおかしかったのだ。
 断っておくが、これは決してマイナスの意味ではない。つくづく日本もグローバル時代になったなと思うのだ。
 しかし、まだ日本人の中には、大坂なおみちゃんが「うーん、疲れた」とか「ありがとう」とか、たどたどしい日本語でしゃべる場合、そのルックスと日本語とがピッタリくるような気がする感情がある。
 かつてはハーフの子たちは日本語がたどたどしくて当然と刷り込まれていたわれわれは、既に時代認識が遅れているのかもしれない。
 東京2020で彼らが大活躍をして、「金メダル、ジャパンのだれだれ君」とアナウンスされて登壇した人が、黒人系のアスリートであっても何の偏見もなく、完全に東洋系の顔をした日本人が違和感なく喜び拍手するようになればいい。「黒人の血が混じっているから彼らは体のバネが違うんだよな」と腹の中でつぶやかないとは限らない。これは差別である。厳に慎まねばならない。
 落選チケットの話に戻ると、夕方から夜のテレビニュースで、オリンピックおじさんと一緒にハッピを着て、毎回応援に行っていた女性が、チケット申し込み全滅(落選)だと言っていた。私だけじゃなかった。
 こうなりゃ秋の売り出しにも公式リセールにも、全力で挑戦するぞ。
 1964年のライブで見られなかった恨みは絶対に晴らす!
 念の一字でチケットを手繰り寄せてやるワイ。
 長野オリンピック開会式ではインフルエンザで高熱を出し、何故だか知らないが私とオリンピックの開会式は相性が悪い。今度こそ何が何でもチケットをゲットしてライブで見たい。
 おーい神様、どうか私にチケットをめぐり合わせてくださいませ。アーメン。(こうなりゃ神頼みだ)。