お正月は、まず『助六』の江戸趣味小玩具で味わう

 

 遅まきながら、みなさま明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願い申し上げます。
 元日はお客の接待で、新年早々キリキリ舞をして、ぐったり疲れた。仕事柄、大晦日の夜はテレビ東京の年越し「ジルベスターコンサート2017-2018」生中継を視聴する。これを深夜の0時45分まで見て、それからお風呂に入って寝たので、丑三つ時まで眠れなかった。今年も寝不足が続きそうである。
 明けて元日はリビングから拝める初日の出を待ち構えて撮る。リビングの広い窓の正面の遠くに、まるでアラビアのモスクのような形をした水道塔があり、その屋根から太陽が昇るのである。
 テレビの画面では、テレビ朝日が上空のヘリコプターから富士山のてっぺんのご来光を撮っていた。それからしばらくして東京のご来光が始まる。
 私は客を迎える準備のために5時起きして、台所とリビングを行ったり来たりする。太陽が出る瞬間を逃したらいけないので、新年早々アタフタあたふた、やっぱり今年も忙しいのだ。
 初詣は2日に、箱根駅伝の往路を見てから浅草の浅草寺へお参りに行った。
 何故か、例年よりもすいていて、仲見世の行列も常時、動いていた。
 おみくじを引いたら『末吉』だったが、大満足だ。何故なら、浅草の観音様のおみくじは大体『凶』が出るようになっている。百円と安いので、凶が出た人は何度も何度も引き直すからだ。がめついお寺だ。
 神田明神のおみくじは『大吉』がよく出る。昨年、私は『1番の大吉』という最高のお札を引いたのだが、1年間、大吉らしいことは全くなかった。宝くじも当たらなかった。夏に肺炎になりかかったくらいで、どこが『大吉』だ!
 さて、浅草でのことだ。
 浅草へ行くと、お正月の恒例行事のように、毎年、仲見世のどん詰まりにある「助六」で、ミニチュア玩具を買う。わが家には、既に、人形ケースに入りきらない数の江戸趣味小玩具があるが、聞くところによると、昔からの達人職人が減って、人形の細かい細工が少し変化したと、通の人から聞いたので、「ヤバい」「今のうちにもっと買っておかなくちゃ」と思っているのだ。
 近頃は値上がりして、ミニチュア家の一軒が3万円近くするものもある。とても趣味の玩具とは言えないほどの物入りである。
 ホイホイとは買えない。
 職人が減ってきたと言えば、日本だけでなく、イタリアでもミニチュア人形を作る職人がいなくなっている。
 20年位前にイタリアでガラス製のミニチュア・オーケストラを買った。長方形のガラスの箱に11人のオーケストラ人形が並んで演奏している置物だ。1人1人は3.5センチぐらいの身長で、真ん中の台の上には指揮者が立っている。他に管楽器奏者や弦楽器奏者が並び、グランドピアノの前にはピアニストもいる。それぞれが黒い燕尾服を着て、頭にはバロック時代の音楽家のような金髪のかつらを被っている。まことに精巧に出来ていて、これを見つけた時には感激した。確か、5万円ぐらいのお値段だったと思う。
 ところが、その後、ヨーロッパでも日本でも、わが家にあるもののように小さくて精巧な細工ものオーケストラは見かけなくなった。それは、国宝級のマエストロの職人が亡くなってしまって、技術が伝承されていないからだと誰かに聞いたのである。恐らく、わが家が手に入れたものは世界的に最後の1品だったのかもしれない。大切に大切にサイドボードの中に仕舞ってある。
 「助六」では今年は人形ハウスを買わずに、「助六」のご主人・木村吉隆さんが書いた「江戸暦 江戸暮らし」という立派な本を買った。お店でその本を売ってくれた方は水島純さんという昭和7年生まれの職人さんである。神田生まれのチャキチャキの江戸っ子で、木地素材の屋台物づくりが専門である。
 彼が「助六」で最初に作ったものは朱塗りの行燈で、持っていったら店の親父さんに「ちょっとデカすぎるから半分ぐらいのサイズにしてくれ」といわれて、作り直したものが納品できた初仕事だったそうだ。
 写真で見ると実に可愛らしい行燈である。
 屋台物の他に彼が作った小物でため息が出るように美しいのは、檜で作った風呂桶や縁起枡である。木の蓋に排気塔までついた風呂桶の脇にはスノコがあって、その上に小さな洗い桶とお湯を汲む手桶と、腰かけ椅子が並んでいる。
 縁起枡は人の掌に大中小と並んで置ける小ささで、大中小は入れ子になっていて、中の枡には「福」と書いてある。つまり、「福は内」のおめでた枡なのだ。
 こうした細工もので1番、江戸らしさを出すのは色彩であるという。紺色といっても色々あり、現代の絵の具の紺とはどこか違う、江戸ものの紺色を工夫しながら作り出すそうだ。
 水島さんが使う素材は全部が檜の白木である。35、6年も寝かせた柾目が通ったのを貯めてあるという。檜は年月が経つと色が変わってきて木の味がでる。それらを使って作ったミニチュアも、最初に持っていったら親父さんから「ここはこうしろ」とダメ出しが出て、3回目か4回目に初めて納品が出来たのだ。
 たかが、小さな屋台物ミニチュア江戸玩具と舐めたらいけない。35、6年も寝かせた檜の板で、2年もかけて作って初めて店に置かれる完成品になる。2万円や3万円で売られるのも当然である。小さな屋台ものをじっと眺めていると、そこいらに豆粒のような江戸時代の庶民が動き出すかのような錯覚にとらわれる。この技術の伝承が風前の灯火にならないことを祈りたい。