50年以上もっていた運転免許証を、エイヤッと返納してきた

 

 今年の誕生日前に、20代からもっていた運転免許証を、都庁で返納手続きをしてきた。運転免許証の代わりに「運転経歴証明書」というカードをもらった。
 私のかつての免許証に書いてあった「優良」という囲み文字のところに、今度は赤字で(自動車等の運転はできません)と印字してある。トホホ。
 淋しい。
 高齢になってから、免許証の更新手続きの度に、事前に講習を受けねばならず、いつも都下の自動車教習所に行っていた。そこでは、胡麻塩頭のおじいさんたちがいっぱい来ていて、実技の試験の前にペーパーテストがある。おじいさんたちは記憶力が衰えているのか、沢山の絵(動物や道具や植物など)を見て記憶して、そこに何が書いてあったかを記述する問題に四苦八苦していた。
 自慢じゃないが、私はいつもヒントなしでペーパーテストは全問正解だった。俊敏さをテストするバーチャル運転では、30歳代のトップレベルで、5段階評価の1番上の5評価だと試験官に言われた。まだまだ能力は全く衰えてはいないのだが、返納してしまったのだ。
 高齢者の運転ミスで交通事故やコンビニへの突っ込みなどの事件が頻発している。主として「アクセルとブレーキを踏み間違えた」というミスが多い。多分、慌ててしまうのだろうが、人身事故を起こしてからでは遅い。優良運転の免許証に傷がつかないうちに返納したのは、やっぱり覚悟がいった。自分の市民としての身分証明がなくなるようで情けなかった。まあ、経歴証明書が身分証明の役にも立つので良しとしなければならない。
 返納しても格別の不便は感じないが、それは東京でのことである。
 田舎では不便この上ない。
 セカンドハウスがある長野県安曇野市に行くと、免許証はもう少し持っていた方が良かったと思う。何故なら田舎は車がなければ何も出来ないからである。
 別荘へ行く度に「ここの人たちはアシをどうしているのだろうか」と思う。1番近いコンビニまででも、タクシーを使えば3千円近くかかる距離だ。
 安曇野は日本一美しい景色の田園地帯である。周囲を北アルプスをはじめとする山々に囲まれている盆地で、有名な美術館も点在し、超有名なわさび園もある。ちょっと行くと登山族のメッカ、白馬や槍ヶ岳などに近く、北には黒4ダム、南には国宝の松本城と観光地だらけである。
 しかし、そこに住んでいる人にとっては生活がある。生活とはまず第1に買い物のアシが必要なのであるが、公共交通機関は皆無に等しい。鉄道は単線の大糸線が南北に走っているだけだから、車がないとどうにもならない。
 国道147号線や長野オリンピックの時にできた広域農道沿いなどに、巨大なスーパー群があるが、そこへ行くには何十キロも車で走らねばならない。
 夫が運転する車でスーパー群のある所に買い物に行くと、東京とは違って、小さな軽自動車が所狭しと並んでいる。
 つい先日も安曇野市の綿半ホームエイドという名のアウトレット風スーパーセンターに行ったら、目の前を軽自動車が横切った。何やら危なっかしい運転なので、目を凝らして見ると、背中がクの字に曲がったおばあさんがハンドルにしがみついていた。髪は真っ白、顔はしわくちゃで、「おいおい、大丈夫かい?」と声をかけたくなるような風貌である。よたよたと曲がって出て行ったが、あんなに年寄りになるまで運転しないと代わりの家族がいないのだろうか。
 例えば、昔のように、農家の大家族構成だと若者がアシになる。今は違う。農家でも後継者不足でおじいさんおばあさんだけの核家族なら、自分たちで運転するしかないのである。
 別の日には、国道を走っていたら、前の車がトロトロと行く。見れば4つ葉マークがついている。スピードが他の車の流れと合わず、唯我独尊。自分の運転に必死なあまり、前後の車にまで気を配る余裕がないものと見える。安全運転はいいことであるが、短気な夫はハンドルを叩いて吠えた!
 こうした地方の事情は東京に住んでいると全然わからない。わがマンションは1分も走ればお店がある。買い物に車は全くいらないのである。先ほどのクの字になったおばあさんが病気でもしたらどうなるのだろう。
 地方によっては食材や日用品を満載した小トラックが、定期的に村々を巡回している所もあるらしい。以前、テレビドキュメンタリーで見たが、それは珍しい例なのである。
 自給自足が出来る農家でも、肉や魚のタンパク質、日用品、医薬関連など、普段の買い物は山ほどあると思う。衣類はそれこそインターネットで買うITに強いおじいさんおばあさんがいるかもしれないが、市役所や病院に出かけるにはアシがいる。他人事ならず心配である。
 「限界集落」などと揶揄されるのは気の毒だ。クの字になろうが運転せざるを得ない地方の実情を、東京人である私は、別荘を建てるまで全く気付かなかったのである。ただの旅行者では生活のことまでわからない。
 運転が出来ない免許証返納者になって初めて、私はつらつらと日本の現状について考えてしまった。
 高速道路の逆走や、歩道や店舗への突っ込みや、恐ろしい道路交通法違反はしないですんだが、長年携帯していた運転免許証の返納は、私の心に影を落としている。普通の大人が持てる資格を、自分から放棄したような、あるいは人生を降りてしまったような悔しさ切なさがある。
 かといって、別に、免許がなくても東京ではどうってことないし・・・。